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鳥類のナビゲーション研究 [2]-1


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生物の科学 遺伝 2017年11月号『特集 生物のナビゲーションを科学する』に寄稿した内容を分割して公開しています

元記事のPDF↓

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2. 鳥類ナビゲーションの研究法

今でこそ渡り鳥の存在は当たり前のように知られているが,昔はそうではなかった。16 〜 18 世 紀ごろは,春になると現れて秋になると姿を消すツバメが一体どこで冬を過ごしているのかについて,二つの仮説があったらしい。一つは,ツバメ は湖の底や土の中で冬眠をするという説,もう一つは,どこか遠く離れた場所へ渡るという説である。前者の仮説を信じる人々は,冬眠するツバメ を見つけるために湖を網でさらったり地面を掘り返したりもしたそうだ。

現在では,世界各地に生息する鳥類がどのような経路を辿って,どのくらいの距離を移動しているのか(移動パターン),どのような感覚器官や環境情報が移動に関与しているのか(移動メカニズム)が徐々に明らかにされつつある。土を掘り返してツバメを探していた時代から今に至るまでに,先人たちはどのようにして研究を進めてきたのだろうか。

(1) 移動の計測

鳥類の移動を計測するために最も古くから使われているツールは,識別番号が記された足環などの標識である。脚や首,翼に標識を付け,その個体がどこで再捕獲もしくは再発見されたかを記録することによって,移動の軌跡を描くことができる。標識を用いた調査は,1890 年にデンマークのMortensen氏が初めて実施 [ref 4] して以来,現在でも続けられている。また,鳥の血液や羽毛に環境から取り込まれた物質を天然の “ 標識 ” として利用することによって,越冬地を推定する方法もある [ref 5, 6]。ただしどちらの手法でも,ある 2 地点間を移動したことがわかっても,どのような経路でたどり着いたかまで知ることは難しい。

そのような制約を解消する方法として,近年特に盛んに用いられているのがバイオロギングである。バイオロギングとは,データロガーとよばれる記録計を動物の体に直接取り付けることによって,自然環境下での行動を連続的に記録する手法 で,1960年代にアザラシなどの潜水動物を研究するために開発された [ref 7]。その後データロガーの小型化が進むにつれて対象種も増え,2000 年代からは空を飛ぶ鳥類のバイオロギング研究も一般的となった [ref 8, 9]。

GPS ロガーよる高精度の移動経路記録をはじめ,小型の照度計から得られたデー タから日出・正午・日没時刻を算出し,渡りを含めた 1年以上の移動経路を推定することもできる。人工衛星や地上の基地と無線通信するデータロガーもあり,記録した位置や行動データを遠隔で取得することも可能となりつつある [ref 10]。

バイオロギングは,私たち人間には追いかけることのかなわない空の上や砂漠,水の中など,地球上全体に観察範囲を拡大することを実現した。今では,数十 g の小さな種から 10 kg を超えるような種まで, 鳥類の移動パターンが数多く報告されている [ref 11]。 このような計測技術の発展は,後述のメカニズム検証実験の質的・量的な向上にもつながるため, ナビゲーション研究における肝ともいえる。


つづく

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