「忘れてはいけない日」〜記憶を繋ぐ大切さ〜
2022年3月10日。
77年前の今日は「東京大空襲」があった日。
というのを年配の方が話しているのを耳にしました。
その方自身も「東京大空襲」後に生まれているので、直接体験しているわけではありません。
ですが、ご自身の年上のお友達の中には実際に被害に遭われたり、その後東京にはなかなか戻れなかった方たちがいらっしゃるようです。
だからなのか、3月10日を「東京大空襲の日」として覚えていらっしゃるようでした。
私はもちろん、私の親世代も戦後生まれなので、戦争のことについては伝聞でしか知りません。
当時と今の価値観は違うものの、戦争は悲しみしか生み出さないのは変わらない。
ロシアのウクライナ侵攻。
連日ニュースで流れてくるのは、民間人の悲しいニュースばかり。
半世紀以上前の世界大戦時とは世の中も、兵器も大きく変わっている。
当時よりも今は情報を伝える術が発達しているため、多くの情報を私たちは目にすることができるようになっている。
全ての情報が真実とは言い切れないけれど、負傷した人・命を落とした人がいることだけは確かだ。
ウクライナ側は多くの人の命が失われている。
ロシア側の人たちは、ライフラインを断たれつつある。
どちらの国も被害を受けているのはすべて一市民たち。
負傷した人や命を落とした人がたくさんいるのにも関わらず、まだ攻撃を続けようとするロシア側。
話が通じない人を相手にする恐怖が日に日に増していっています。
でも、きっとこの姿は当時の日本なんだろうな。
国際社会から孤立して食糧難に空襲にと市井の人々は苦しめられていたにも関わらず、軍は無謀なことをし続けた。
今よりも情報が限定されていた上、言論の自由が無くなっていた日本。
そして島国という立地条件で、多くの国民が身動きとれなかっただろう。
だから、日本は今後絶対に戦争をしてはいけない。
でも、やられることを防ぐ術を持っていないといけない。
空襲は日本全国で行われ、多くの被害者が出ました。
東京への空襲は全部で106回あったそうです。
3月10日の後に、4回も大規模な空襲がありました。
空襲を逃げ延びた方たちが年々少なくなっていき、当時の記憶がどんどん風化しつつあります。
悲惨な記憶は引き継いでいかないと、未来の悲劇を引き起こす抑止力になりません。
自分が経験していないことはなかなか記憶に残らない。
だから、意識して引き継いでいかないといけない。
残念ながら、106回すべてを網羅することはできません。
だからせめて3月10日だけは忘れないようにしなくてはいけない。
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