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数学者の描く肖像画

日めくりルーヴル 2021年5月6日(木)
『シジスモンド・マラテスタの肖像』(1450年頃)
ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1415/1420年頃−1492年)

本日のカレンダーは、初期ルネサンスの画家であり数学者でもあるピエロ・デッラ・フランチェスカが描いた肖像画です。

肖像画のモデルが着用している細かな刺繍の入った上衣は、襟元の白とアクセントになっているバイアステープがお洒落ですね。意志の強そうな眼差し、切り揃えられた髪型 … 。570年も前に描かれた一枚は、隙のない完璧と思える構図から デザイン画のようなクールな印象を受けます。
カッコいい!こんなアバターの人がnote投稿していたら、興味津々、思わず記事を読んでしまうかも知れません(笑)。

不思議な魅力を持つ肖像画を描いた人のことが 知りたくなりました。

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■ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1415/20−1492年)イタリア🇮🇹。
彼に関する記録は少ないので、何冊かの本を読みました。

ウッチェロ(1397−1475年)より20年ほど後に生まれたピエロ、そしてピエロが35歳の頃にレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452−1519年)が生まれたという時代関係になっています。

ウッチェロが夜も眠らずに消失点(遠近法)のことを考えていたように、ピエロも遠近法の研究者で、少なくとも3冊の数学(幾何学)の本を残しています。生涯数学に対する関心を持ち続けた彼のことを、ヴァザーリは『ルネサンス画人伝』で以下のように書き始めています。

彼は数学、幾何学および正面体の図学的処理に関して、傑出した大家とみなされていたが、老年になってからの失明、それに続く死のために、優れた業績や、書き上げられた論文は公にされなかった。
(中略)数学などの前述の学問ばかりでなく、絵画にも秀でていた善良なる老師の全業績を…。

画家として遠近法にのめり込んだ、と言うよりも数学の大家は絵もうまかった…というニュアンスに取れますね。
ピエロが論文の中で描いた建築物、頭部のデッサンがこちら↓。すごっ。

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広範囲に精通していたピエロの論文『絵画の遠近法』の存在を知って、レオナルド・ダ・ヴィンチは遠近法に関する本の執筆を断念した…と書かれた資料もありました。ほーーーーっ。 

ピエロの宗教画を画像で見ました。

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左)『キリストの復活』(1463−1465年)サンセポルクロ美術館
右)『モンテフェルトロ祭壇』(1472−1474年)ブレラ美術館

お恥ずかしながら遠近法が “正確” かどうか よくわかっていないのですが、『キリストの復活』(左) ではキリストの頭部に視点を設定しながら、墓の前の兵士たちは下方から短縮法で眺められているそうです。
また『モンテフェルトロ祭壇』(右) をみていると遠近法に加えて、光と影が画面の奥行きにさらに深みを出しているような気がします。

いずれの作品も 左右のバランスを強く意識して描かれていますね。他の作品からも常に画面全体にドッシリと安定感を感じるのは やはり構図が数学的に計算し尽くされているからでしょうか。

静かで厳粛な印象を和らげているのが、美しい色彩の衣服。鮮やかで艶やかな色と、その生地の柔らかな質感がわかるほどのみごとな描写です。
フレスコも板絵も描き、テンペラに油彩を混ぜて使用することもあったピエロは、衣服に純粋な色を使用していたそうです。また柔らかな布をかけたモデルを使って研究することも怠らなかったようです。

「ピエロにとっては、絵は世界の根底にある数学的秩序にもとづいて描かれなければならず、遠近法の研究と一体のものだったのである」
という記述を見つけました。
しかし、数学的思考にとらわれるだけでなく、輪郭線、色彩においても試行錯誤を重ねたピエロは、やはり数学の大家である前に偉大な画家なのです!

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そうそう。私はピエロの描く人物の魅力について知りたかったのです。
宗教画に描かれた人々の表情に注目したいと思います。
ここからは全くの私見と勝手な想像が多いことをご容赦ください。

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『セニガリアの聖母』(1470年代)マルケ国立美術館

ジョット(1270頃−1337年)が現実感のある人物表現でリアリティを追求したことから “ルネサンスの父” と呼ばれたように、初期ルネサンスの画家たちは、いかにリアルに表現できるかを持って評価されます。
しかしピエロの描く、生命感がない聖像のように前を見つめる表情は、ビザンティン美術のモザイク画を思い起こさせます。時代を逆戻り?

この生命感がない人物の表情は…。ウッチェロが遠近法に夢中になりすぎて、またスーラが点描表現を追求しすぎて人の表情にあまり興味がなかったのとも違うような気がします。

ピエロはあえて遠近法を採用せずに宗教画を描くこともあったそうです。ですから、リアルに描けなかったのではなく、宗教画の主題に則した、神聖で超時間的静けさを表現するために、あえてこのような表情を選択して描いたのだと思います。

確かに。現実の我々の暮らしの中に、常に存在し続けてくれる神聖なる何かを感じ取れる空間になっていると思えてきました!

ヴィンケルマンの評言「高貴なる単純さと静かなる偉大さ」に、他のどの画家の作品よりもふさわしい(高階秀爾先生監修)
芸術が自然の模倣という観念から解き放たれた現代にあって、ピエロの芸術に対する評価を非常に高めている(西山重徳先生)

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長くなってしまいました💦。
私の本棚にあった『ルネサンスの美術』(ローザ・マリア・レッツ著)の表紙も、ピエロが描いた肖像画でした。

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『バッティスタ・スフォルツァとフェデリコ・ダ・モンテフェルトロの対面肖像』(1465−1475年)ウフィッツィ美術館

空気遠近法でしょうか、遠くまで山並みが続いています。背景の澄み渡った田園の風景は地平線が同じ高さに設定され、対作品の連続性を感じさせます。そこに浮かび上がる大公夫妻は無表情で、真っ直ぐ前を見つめています。彼らには何が見えているのでしょうか。時が止まったような大公夫妻とは対照的に、世界には穏やかな時間が確実に流れている…。この作品の中で永遠に彼らは存在し続けるのですね。
計算され尽くした作品なのかも知れませんが、そんなことなど微塵も感じさせない作品に安らぎを感じます。とても不思議な空間に見入ってしまいました。

ピエロ・デッラ・フランチェスカが描く人物は無表情で、永遠に静止したように描かれている。そのため、長い間その価値が理解されていなかった。セザンヌやキュビスムの作品を経た20世紀の感性は彼の作品を再発見し、今日では初期ルネサンスのイタリア画家のなかでも、最も広い共感を得ている画家のひとりである(千足伸行先生監修)

なるほど。私が惹きつけられた理由が、少しわかった気がします。

<終わり>

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