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ピスタチオ

父は ピスタチオが好きでした。

種子を殻果ごと焙煎して塩味をつけたナッツの一種、ピスタチオ。
私が初めてその存在を知った頃、ピスタチオの「オ」は「ヲ」と表記されていたような気がします。ピスタチヲ … うん、しっくりきます。
仕切り直します。

父は ピスタチヲが好きでした。
固い殻を割ると中から出てくる緑色の小さな種を、ひとつずつ愛おしそうに口に運んでいました。
「これ、コーヒーに合うよ」と、自分で丹念に挽き 丁寧に淹れたコーヒーを飲みながら 私に勧めてくれました。

想像以上に殻が固い!いちいち殻を剥くのが面倒臭い、うわー実が小さい! … とツッコミを入れながら口にしたそのナッツは、薄皮が少しモソモソして正直 美味しいのかどうかよくわかりませんでした。
その日から、食後のコーヒータイムにピスタチヲを食べるのが我が家の定番となりました。
殻に割れ目が入っていない 小さくて固い粒を自分の方に引き寄せて、大きくて食べやすい粒をさりげなく私の方へ転がしてくれる父。
そのやさしさに気づいていないフリをして、きれいな緑色が覗いている美味しそうな粒ばかり食べる娘。
そんなちょっと贅沢な時間が 私も大好きになりました。

初めて彼(今の旦那さん)が我が家に遊びにきた時、自慢のコーヒーを淹れて
「ピスタチヲ、食べるかい?」と父。
当時はまだコーヒーが苦手だったのに、
「美味しいです!コーヒーに合いますね」と彼(笑)。
緊張しすぎて きっと味なんてわからなかったでしょうね。
無口な二人。黙々とピスタチヲを剥いて食べる彼の姿を見て、この人となら一緒に歳月を重ねていけるなぁ、と思いました。

東京に上京して手術 → そのまま入院した父に会うため、毎日病院に通いました。 
静かに迎えてくれる父の待つ病院は、決して辛い場所ではありませんでした。
食べ物の好き嫌いがはっきりしていた父は、決してグルメではないのですが、ときどき「◯◯が食べたいなぁ」とリクエストすることがありました。
ちょっと足を延ばせば手に入る品物を、わがままでない頻度で言ってくれるそのリクエストは、“父に何かしてあげたい“、“父を喜ばせたい“ という私の欲求をちょうど満たしてくれるものでした。
「美味しいね、ありがとう」父の喜ぶ顔が見たくて、毎日「何が食べたい?」と質問攻めの私に、
「また考えておくよ」と優しく笑う父。
今から考えると、本当に幸せだったのは私であり、父は私を喜ばせようと少し無理をしてくれていたのかも知れません。
「ありがとう」お礼を言うべきだったのは私の方でしたね。

そういえば、歯が弱っていた父は固い物をリクエストしませんでした。
ピスタチヲ … 一度も持って行かなかったなぁ。
当時は、ピスタチヲと言えばナッツしかなかったのですが、なんとか工夫して食べさせてあげればよかった … ごめんね。

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もともと甘い物に目がない私の旦那さんは、2年ほど前からピスタチオのスイーツにハマっています。
チョコレート、ケーキ、ペースト、アイスクリーム…。“ピスタチオ“ と名前が付くスイーツを見つけると必ず2個 買って来ます。
夕食後の試食会は、その8割の確率で大満足。
「やっぱり美味しでしょ!」とニコニコ顔です。

一緒に出かけた時も、デパートや洋菓子店で “ピスタチオ風“ の緑色スイーツを見つけると、足早にショーケースに近づいていきます。
その8割の確率で、「抹茶の緑に騙された!」と少し恥ずかしそうに戻ってきます。抹茶スイーツは少し苦手。なかなか可愛いのです。

食べ物にそれほど執着しない旦那さんですが、子供のようにピスタチオ・スイーツを探して喜んでいる様子は、見ている私をホッコリさせてくれます。

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先日、花屋さんで “ピスタキア“ という名前の 枝もの を発見しました。
もしかして…と思い、店員さんに聞くと「はい、ピスタチオの枝ですよ」と。

まあっ!!
花が咲くわけでも、実がなるわけでもないのですが、週に2〜3日 在宅勤務をしている旦那さんは喜んでくれるはず。迷わず購入しました。

枝や葉から香ばしい匂いがするかなぁ、とちょっと期待して鼻を近づけてみました。そんな訳はないですよね。
爪で葉を裂いてみると強い “葉っぱ臭“ がしました。
強烈な臭いのする 濃い緑色をした葉、うんうん。ピスタチオの美しい緑色はここから来ているのね、と独りごつ。
(後で調べたところ、この木はピスタチオの仲間であり、ピスタチオが獲れる品種でないそうです。)

帰宅した旦那さんにピスタキアを見せると、
「おおーっ!いいねぇ」
と言ってすぐに葉っぱの匂いを嗅いでいました(笑)。
やっぱり。ピスタチオと名前がつくものはなんでもウエルカムな、とてもわかりやすい人なのです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

食後のコーヒータイム。ピスタキアの葉を見ながら旦那さんがポツり、
「父さん…喜んでるだろうね」。

えっ⁈ そんなこと思ってなかったよ。

旦那さんが 嬉々としてピスタチオ・スイーツ探しに勤しんでいるのは、
父のことが大好きだった私を、幸せな気持ちにするためなのかも知れませんね。
父の温容が目に浮かび、旦那さんの顔と重なりました。  

父さん。
思いやり溢れる旦那さんと、やさしさに包まれた毎日を過ごしています。
いろいろなことに感謝、胸が温かくなりました。

  <終わり>

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