我々の父親 感想

2022年5月11日、とあるドキュメンタリー映画がNetflix独占で配信された。
私はその時期、あまりNetflixをあまり使っていなかったため、このドキュメンタリーのことを知ったのが今年だった。
そして、このドキュメンタリーを鑑賞した感想を書いていこうと思う。

あらすじ

ジャコバは自身が金髪碧眼であるのに、親が黒髪であるのが気になっていた。
何故髪の色が違うのかと母に聞くと、精子提供を受けたからと返された。
それなら自分にもきょうだいがいると思ったジャコバ。
大人になったジャコバが自身のDNAを調べると、きょうだいと自分の出生に関わった医者であるドナルド・クラインの不妊治療の不正、そして彼こそが自分達きょうだいの父親だと知るのだった。

感想

まずこのドキュメンタリーがとても怖かったことと、現実に起こったことのあまりの醜さに怖いという感情すらも消えていったのが正直な感想だ。
まず、怖かったところはジャコバがDNAを調べてきょうだいと親戚関係を調べたら、全く知らない人が血縁者だと判明するシーンである。
どういうところが怖かったかというと、血縁者の枝が伸びていって8人くらいに増えるところが怖かった。
なぜなら精子提供のドナーは3人までと決まっていると説明されるのに、突然8人に増えるからだ。
また、自分の知らない人がきょうだいであるということもこのシーンの衝撃に影響を与えているのかもしれない。

だが、この映画は恐怖だけではなくてあまりのおぞましさに感情の処理が追い付かず無感情になることも語らねばなるまい。
この映画の無感情になるところは最大の被害者である子供の人数が増えていくシーンである。
上でも書いたようにある人物が精子提供できるのは3人までとある。これは近親相姦を防ぐためと説明される。狭い地域で同じドナーから精子を提供されて子供を産んだ場合、その地域の血が濃くなるからだ。
まず、最初は8人の子供たちと説明されるのだが、この時点でルールを破っている。この時点ではルールを破っているしクラインへの怒りや事件の気持ち悪さといった感情がある。だが、被害者の数は二桁を超えてとうとう100人近くまでいくとそれらの感情が消えていった。
度を超えた怒りや恐怖を感じると、身を守るために感情にマスキングをするからだと思う。

クラインが壊したもの

クラインが壊したものは子供たちのアイデンティティーだ。氏より育ちというが血は水よりも濃いともいう。このように氏か育ちか(遺伝か環境か)論争は有名である。
被害者は自分の父親と母親の体外受精で産まれたと聞かされたものとドナーと母親の体外受精で産まれたと聞かされたものがいる。
父親と母親の体外受精で産まれたと聞かされた子どもは自身が当然のように二人に似ていると思うだろうし、ドナーから産まれた場合でも両親に似ていると思うだろう。
つまり、アイデンティティーの形成に親が大きく関わっているのだ。
ところが自身の出生が医者の不正によるものだとしたらどうだろう。
子供には想像しうるものでも二つの苦悩が考えられる。
一つ目は親への負い目だろう。
自分は父親のまたはドナーの精子ではなくて、不正を犯した医者の精子によってこの世に生を受けたとしよう。
性格などが育ての親譲りだとしても、自身の顔が親を裏切った人間の顔に似ているのだ。
このドキュメンタリーでは、娘のDNA結果を知った父親が「俺の全てを奪った」と言っている。
その時の父親の様子を話している娘と妻は泣いていた。
自身の存在が裏切りによって産まれて、自身の真実が親を苦しめてしまう。
これらの負い目は辛いの一言では片付けられない。

二つ目は呪いとしての血筋だろう。
上では容貌が似ていると話したが、似ているのは遺伝性の疾患もだった。
アメリカでは遺伝性の疾患を持っている男性はドナーへの登録が受け入れられないという。
ドナー登録については、子供の疾患や障害を心配する母親の心や、精子を疾患や障害の観点から選り好みすることは優生思想ではないのかといろいろ思うところはある。しかし、この話しはひとまず置いておく。
クラインは自身に遺伝性の疾患があるのにも関わらず、ドナーの条件を知りながら己の精子を使った。
この疾患が被害者である子供たちや子供たちの子供たち、つまり孫世代にも受け継がれている。
自身の顔が親を裏切った人間に似ていて、その疾患も受け継いでいる(孫世代も受け継いでいる)としたら、まさに被害者にとって呪いの象徴になるのではなかろうか。

優生思想

精子ドナーを選ぶ基準が優生思想のように感じた。
産まれる子どもに障害や疾患がありませんように。
この親心は理解できる。
だが、その親心こそ優生思想ではないのか。
精子ドナーを選ぶ際に、高学歴や高収入などを望む話しは良く目にする。
そもそも女性は生殖において大きなリスクを持つ。
男性は精子を放つだけで良いが、女性は数が減っていく卵子や体力を消耗する妊娠から出産までとかなりのリスクを背負う。
そのため、産まれる子供には障害や疾患が無いように願う。
その願いは優生思想を唱えたナチスや日本、西洋の帝国たちの残酷さと繋がると思う。
そもそも、優生保護法とフェミニズムの関係であったり、ナチスを支持するフェミニストであったりと繋がりはあるのだ。
このように優生思想のさざ波に気を付けなければならない。

終わりに

このドキュメンタリーを視聴して怖さとおぞましさのために無感情になってしまった。
実際、怒りや怖さを感じても残酷な事実や被害者の数などで無感情にならないと視聴している自身のメンタルが危うく壊れるところだった。
また、精子提供や体外受精についてはあまり知らなかったし、今では不妊治療を行う夫婦の話しは良く聞くものだ。
また、子供を望む性的マイノリティにとって生殖医療の発展は望むものだろう。
子どもは天からの授かり物という。
我々の父親とは人々に子どもを授ける神のような医者が悪魔のような所業を行っていたドキュメンタリーである。
この不正とは別に精子ドナーを選ぶ際の優生思想にも気を付けなければならない。
このドキュメンタリーを視聴して、実際に起こった事件など体外受精やその倫理に興味を持っていきたい。


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