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夢の引越し便 #3-②

【ヒトミは青春時代の僕に一番影響を与えた女性である。
それはまるで青空に浮かぶ雲のように、突然どこからか出現し、形を変え、印象を変え、そして突然消えていった。僕は彼女に影響を与えることができたか疑問に思っている。本来、人と人が時間を共有するとき、お互いに何かしらの影響を与え合い、受け合うはずなのだが、ヒトミは僕から何かを得たようには感じられないのだ。それはきっと僕が受けたヒトミからの影響の大きさに起因しているのだと信じて疑わない。】


高校3年になったばかりの4月、学校の近くの市営図書館で僕とヒトミは出会った。
彼女は僕の2歳年下で、親友の後輩として紹介され、僕が恋に落ちた。
年上に対して物おじしない態度で接してきて、出会ってすぐに僕の長所と短所を指摘してきたこと。
目が優しく、目尻が垂れていて、笑うとより一層垂れて魅力的だったこと。
新しいものを拾うアンテナが高いのに、古き良きものを受け入れるバランス感覚も持ち合わせていたこと。
そしてなにより、親の影響を受けてビートルズを好んで聞いていて、彼女のハミングは僕の耳にとても心地よく聞こえてきたこと。これらがヒトミを好きになった理由だった。
彼女に告白をした覚えがうっすらあるのだが、この記憶は間違っているかもしれない。僕の周囲へのアピールに応じて友人たちは僕と彼女との接し方を変化させ、彼女は僕と付き合っていることを演出し始めたような記憶もある。とにかく、僕たちは4月から夏休みが終わる8月までの5か月間、恋人として付き合っていた。

僕は男子校で、彼女は女子校だった。
放課後、学習室のある市営図書館で勉強をするという口実をもとに、僕たちは友人複数名で集まり、勉強もせず隣接した公園で他愛もない話に時間を費やした。話題は主に好きな音楽と、将来の夢と、嫌いな先生の物まねと、手に入れられないファッションと、来たる寒い冬への愚痴と、都会への憧れだった。
ほぼ毎日夕暮れまでずっと公園で友人たちと過ごし、彼女の下宿先が僕の家の近所だったので、自転車で二人並走して帰る日々だった。

「ねぇ、聞いて。クラスメイトであなたを中学校の時から好きで、今でも好きっていう女の子に出会ったの。それはとても素敵な出会いだと思うの。紹介したいんだけどいい?」
「え?」
「その子、とても大切な友達になりそうなの。」
「紹介ってどういう意味?」
「うん。とってもいい子だから付き合ってほしいの。」
「そういうの、別れたいって伝えてから言ってほしいんだけど。」
「私よりいい子だから薦めることのどこが間違ってるの?」
「それって俺のこと好きじゃないって聞こえるんだけど…。」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、あなたにはあの子のほうが似合うって思うのよ。」
「その発想、やめてほしいな。」
「やめないと思うよ。その子と私は仲良くなれて、あなたも私みたいな我儘じゃない子と付き合えるの、とても合理的じゃない?」
「冷めてるよ。それ。いやだな。」
「ふーん…。でもまぁ、会ってみてよ。明日あそこに連れて行くから。」
「俺は断ると思うけど。それでも君が友達として付き合える方法を考えといたほうがいいよ。」
「うーん。」
「なんだよ?その子はなぜそれを今言ってくるんだろう。中学の時に言えばいいのに。俺にとってみたらその子は縁がないか、運が悪いか、君に悪意を持っているとしか思えないよ。」
「もしあなたが、私は恋愛よりも友情を大切にする人間だという理解をしてくれていて、なおかつ、私のコトを大切だと思う気持ちを持ち合わせていれば、あなたはこの提案を受け入れると思ったのです。はーい。」
「学者気取りですか?」
「いえ、こちらは本日導いた私なりの結論です。」
「その言葉遣いやめてほしい。」
「うん。でも、あなたの答えは予想通りだったから。私の想定通り。だから、明日もあなたが考えるように動いていいよ。よろしくね。はい、これ今日の手紙、今日読んでおいてね。」
ヒトミはカバンから小さく折りたたんだ手紙を僕に差し出し、下宿先に向かってまた自転車をこぎだした。
「また明日ね!」

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