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夢の引越し便 #2-①

アパートに帰る途中で二人の警官に止められた。
「遅くにごめんねぇ。盗難車かどうか確認させてもらいます。」
痩せた方の警官が僕に話し掛けてきた。呆れて笑いが出るほど本当に今日は特別な日だなと思った
「どこまで帰るの?」
やけに太った警官が聞いてきた。
「もうすぐそこです。」
「何やってたんだ、こんな遅くまで。まさか酒なんか飲んでないよな?」
太った警官はいやらしい声質で僕の方へ近寄ってきた。
話し方に嫌味なニュアンスが含まれている。よくある刑事ドラマの取り調べみたいだ。
「飲酒運転の取り調べですか?盗難車の取り調べ?それとも夜勤中の話し相手探しですか?」
僕はわざと棘のある話し方で言った。
「ああ、すまんすまん、登録証見せてくれ。」
割り込むように痩せた方の警官が言った。
僕は太った警官を睨みながらスクーターのシートの中にある登録証を取り出し、痩せた方の警官に渡した。
「あと免許証も見せてくれ」
僕は鞄の中にしまった財布の中から運転免許証を抜き取り、それも渡した。
「ん?登録証の名義とあんたの名前違ってるなぁ。このバイクどうしたの?」
太った警官の目つきがさらに険しくなった。
「このバイクはもともと大学の先輩のものなんです。それを譲り受けて今は僕が乗っているんです。盗難車じゃありませんよ。第一、バイクの盗難なんてそんな簡単にできるんですか?ほらちゃんと鍵だって持ってるし。自転車じゃないんですから。」
太った警官の顔色が変わった。何て分かりやすいんだろう。彼の憤慨までの顔のパターンは3つだ。
「盗まれて困っている人がたくさんいるからこうして取締りしているんだろうが!おまえ、盗んだんだろ!」
「まあまあ。ごめんね。実はさっき自転車泥棒を捕まえたばっかりなんだよ。そのおにいちゃんがまた反省しなくてね。こいつまだ腹立ててるんだよ。」
「無線で確認してくるからちょっと待ってろ!」
太った方の警官が痩せた方の警官から僕の登録証と免許証を取り、細い路地の奥に隠してあるパトカーの方へ歩いていった。痩せた方の警官はポケットからタバコを取り出し、ピンク色の百円ライターで火をつけた。

「年はいくつ?」
「21歳です。」
「タバコは吸わないの?」
「吸いますよ。」
「ちょっと時間かかるから、一服していなよ」
「いえ、今はいいです。」
「ふうう。いやぁ、ごめんね、早く家に帰りたいだろうけど協力してくれよな。」
痩せた方の警官はタバコの煙りを一気に吐き捨てた後、僕に言った。僕はその言葉を無視して大きなため息をついた。僕のため息も夜の寒さで白くなり、夜空を漂った。
混ざり合う白。吐き気がした。
「あの大柄な方とはいつも一緒なんですか?」
「ああ、まぁそうだよ、どうしてだい?」
「いや、釣り合いが取れてるなと思って。」
「あいつは怒りっぽいんだが鼻が利くんだ。今さっきも怪しいと言うから尋問したら案の定自転車泥棒だったよ。頼りになるやつさ。たまに暴れ出しそうになるからその時は俺の役目なんだ。」
「どこかの映画に出てきそうですね。」
「もし俳優デビューするなら刑事ものはパスだな。殺人事件なんて大嫌いだ。」
「盗難事件なら任せてくれ」
僕は彼の少し高めの声を真似して言った。
「こう見えてもな、結構いい成績を挙げているんだぜ、俺達。普通だったら十人声を掛けても一人も捕まえられない時だってあるんだ。だが俺達はいつも確率五割だ。凄いだろう?」
「で、僕はとても怪しかったわけですね?」
「まあ、こんな夜中だしね。でも。もし君も捕まえてしまったら今日の確率は五割を超えてしまうよ。署長賞もんだな。」
そう言うと痩せた方の警官は高い声で笑った。
僕はふとマユミの顔を浮かべた。警官に尋ねてみるのもいいかなと思った。
「1つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
おそらく、僕が真剣な顔をして尋ねたからだろう。
痩せた方の警官は、
「なんだぁ、盗んだのか?」と一層声を高くして言った。
「いえいえ、全く別の話ですよ。」
警官は不満そうにタバコを地面に投げ捨て、足で踏み消した。
「この辺りに『夢の引越し便』という引越屋さんってご存知ありませんか?」
「なんだその『夢の引越し便』って?やけにメルヘンっぽいな」
「今日知らない人に道を聞かれたんですよ。その人曰く、田舎から都会に出ていく人達に対して『夢』を運ぶサービスらしいんですが」
「はっはっはっ!あんた頭おかしいんじゃないか?どう考えたって夢を運ぶなんて無理にきまってんだろ?キャッチコピーだとしても古臭いネーミングだと思うがね。」
「確かに。」
「それより、知ってるかい?最近引越しする人間が多くなってるんだよ。引越しの値段がパック料金になっていて、安くて便利で簡単に引越しちゃうんだよね。それでいて住所変えても免許証とか盗難保険の登録変更がされていなくてこっちは困りものなんだよ。だいたいコトが起きてからそういうのに気付くやつばっかりだからなぁ。」
「登録変更とか簡単にできる仕組みできないんですかね?あっちこっち出向いて変更届出して面倒すぎて…。」

やがて太った方の警官がのそのそとやってきて、僕の登録証と免許証を僕の胸に当てつけた。
「余計な時間を使っちまった!早くこの登録証の名義変更をしておけよ。」
本当に人の感情に傷をつける言い回しだ。僕は頭にきたが、やっと家に帰れると考え、何とか気持ちを落ち着かせた。痩せた方の警官は、
「時間を取らせてしまって済まなかったな。また会っても協力してくれよ、じゃあな。」
と言った。
その時僕達の横を改造したスカイラインが物凄いスピードと轟音で通り過ぎていったが、二人の警官は全く関心を示さず、近くの自動販売機で缶コーヒーを買っていた。
システムから逸脱しない二人の警官。彼らの盗難検挙率は当然の結果だ。
果たしてプロとはそう言った類のものなのだろうか?
僕はさっき我慢していたタバコに火をつけ、心の中で呟いた。
「世界はクズだらけだ」と。


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