後遺障害の定期金賠償

記事概要

 ・ 損害賠償の方法として、一括払いと定期金賠償(定期的に支払う)がある。
 ・ 従来、後遺障害の逸失利益について定期金賠償は否定的でしたが、最高裁で定期金賠償が認められた。
 ・ 一括払いと定期金賠償はそれぞれメリットデメリットがある。

後遺障害逸失利益の定期金賠償が認められました。

 令和2年7月9日、最高裁判所で交通事故の後遺障害逸失利益について定期金賠償の方法で賠償することが認められました(判決文は裁判所ホームページで公開されています。事件番号:平成30(受)1856)。

 この事件は、平成19年の事故当時4歳の方が、交通事故で重度の後遺障害を負ったものです。
 被害者のご両親が、一括払いで今受け取っても、将来、被害者が年齢を重ねていったときの生活の保障に不足が生じることを危惧し、将来にわたって毎月後遺障害に関する逸失利益分を支払うことを求め、認められたものです。

 後遺障害逸失利益とは、後遺障害を負ったために働けなくなったことについて(労働能力の喪失といいます)、働けたら得られたはずの利益を賠償するものです。

損害賠償の方法

 定期金賠償とは、将来具体化する(将来発生する)損害について、その都度支払う形の損害賠償の方法です。
 定期金賠償について明確に定めた法律はありませんが、定期金賠償が認められることを前提に、将来事情が変わって定期的に払う金額を変える必要が出たときには判決の変更を求められることを民事訴訟法が定めており(民事訴訟法117条1項2項)、将来の介護費用などについて認められている例があります。

 これに対し、一般的な損害賠償の方法は一括払いです。将来発生する損害について一括払いをしてもらうときは、将来貰うはずの分も今先取りして貰うことになるので、早く貰う分金額を割り引くことになります(中間利息控除といいます。この金額が大きい)

 因みに、賠償額の総額が決まっていて、それを分割して支払う分割払いは、将来発生する損害をその都度賠償する定期金賠償とは違います。

従来の状況

 従来、後遺障害逸失利益についての定期金賠償は否定的な見解が多数派でした(東京地裁平成18年3月2日判決 判時1960号53頁等)。
 これについては、最高裁判所の逸失利益についての考え方も影響しています。

 最高裁判所は、後遺障害逸失利益について、交通事故で後遺障害を負った後、裁判中に被害者の方が別の原因で亡くなった場合でも、亡くなるまでの分ではなく将来働けたであろう期間全部の後遺障害逸失利益を賠償すべきだとしています(いわゆる継続説。最判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁)。
 逸失利益というものは本来、働けたら得られたはずの利益を賠償するものですから、途中で亡くなったらその分利益は減るはずです。
 しかし、最高裁は、事故の損害は、その事故の時に一定の内容のものとして発生したものと解釈しています。そのため、その後に被害者が事故と関係無く亡くなっても、事故自体の損害は変わらないという考えをしています。
 また、たまたま他の原因で被害者が亡くなったかどうかで加害者の支払う金額が減り、被害者遺族の受け取る賠償額が減るというのは衡平の理念に反します(要は、被害者が亡くなったら加害者の支払いが減るのでは不公平だろうということです)。
 そのため、被害者が途中で事故と関係の無い原因で亡くなっても、加害者は被害者が働けたであろう期間全部の逸失利益を賠償すべきことになっています。
 
 これに対し、将来の介護費用については、被害者が途中で亡くなった場合には賠償を認めないことになっています(最判平成11年12月20日 交民32巻6号1687頁)。事故で重度の後遺障害を負った場合、被害者自身だけでは生活できず介護が必要となることがあります。その場合、将来にわたって介護費用が必要になりますので、そうした介護費用も損害賠償の対象になります
 こうした将来の介護費用については、被害者において現実に支出すべき費用を補填するものなので、途中で被害者が亡くなった場合には、その後実際に介護費用が必要となることはないので、亡くなった後の介護費用の賠償は請求できないこととされました。

 そうすると、介護費用については、将来の介護の必要性や介護方法、途中で被害者が亡くなるかどうかで金額が大きく変わりますので、一括払いにするのではなく将来にわたってその都度請求することにしても、被害者加害者双方にメリットがありそうです

 それに対し、後遺障害逸失利益は、被害者が途中で亡くなっても金額が変わりません。逸失利益の金額は、どれくらい働けなくなったか(労働能力喪失率)、どのくらいの期間働けなくなったか(労働能力喪失期間)、得られたはずの収入はいくらくらいか(被害者が若いときは平均賃金によることが多い)、で抽象的に計算することが多いので、金額も動くことはあまり想定されません。
 あまり将来的に金額が変わらないのであれば、定期金賠償にすることの意味はあまりなく(そして後で書くようにデメリットもそれなりにあります)、定期金賠償は認められにくいとされていました。

今回の判決内容

 今回、最高裁は、こうした従前の状況を踏まえたうえで、後遺障害逸失利益についての定期金賠償を認めました
 従前の、途中で死亡しても後遺障害逸失利益の金額は変わらない(働けたであろう期間までの賠償が必要)という解釈は維持したうえで、定期金賠償について、以下引用する通り認めました。

民訴法117条は,定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起することができる旨を規定している。同条の趣旨は,口頭弁論終結前に生じているがその具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害については,実態に即した賠償を実現するために定期金による賠償が認められる場合があることを前提として,そのような賠償を命じた確定判決の基礎となった事情について,口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には,事後的に上記かい離を是正し,現実化した損害の額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うということにある
 不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的
に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補塡して,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,また,損害の公平な分担を図ることをその理念とするところである。このような目的及び理念に照らすと,交通事故に起因する後遺障害による逸失利益という損害につき,将来において取得すべき利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にその利益に対応する定期金の支払をさせるとともに,上記かい離が生ずる場合には民訴法117条によりその是正を図ることができるようにすることが相当と認められる場合がある
交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となる
被上告人は本件後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めているところ,被上告人は,本件事故当時4歳の幼児で,高次脳機能障害という本件後遺障害のため労働能力を全部喪失したというのであり,同逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化するものであるといえる。これらの事情等を総合考慮すると,本件後遺障害による逸失利益を定期金による賠償の対象とすることは,上記損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるというべきである。

  判決文を整理すると、①被害者側が定期金賠償を求めている場合で、②定期金賠償にすることで被害者が被った不利益を補塡することになり、③損害の公平な分担を図ることに資する、といえる場合には後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めることにしたように思われます。

 この書きぶりをみると、被害者が一括払いを求めているのに加害者の方で定期金賠償を求めても認められることは難しそうです。
 また、定期金賠償より一括払いの方が公平妥当と思われるような場合には定期金賠償を認めない場合もありそうです。
 ただ、被害者の年齢が若く、長期間被害が続いて継続的な補償が必要そうな事例では、認められることが多いのではないかと思います。

定期金賠償のメリットデメリット

 定期金賠償の最大のメリットは、予定通り受け取った場合の最終的な受取額が一括払いよりもかなり大きくなることです。一括払いで受け取る場合は、将来貰う分を先に貰うということで割引を受けますが(中間利息控除)、その利率が従来は年五分(5パーセント)とされていましたので、割り引かれる金額が非常に大きかったのです(場合によっては半分以下になります)。
 令和2年4月1日以降の事故については、民法が改正されて年三パーセントとなりましたので、今後は、割り引かれる金額はだいぶ抑えられる見込みです(それでも実勢利率を思えば相当な金額が引かれますが)。
 また、定期的に支払われますので、一時的な使い込みの危険を回避する効果もあると思います。

 定期金賠償のデメリットはいくつかあり、①逸失利益に関してすぐにまとまった金額を受け取れない、②長期間加害者側と関係が続く、③加害者の資力リスクを被害者が負う、などが考えられます。

 ①については、逸失利益以外の賠償、主に慰謝料は大きな金額で一括で受け取れますのでそこまで大きなデメリットではないかもしれません。
 ②は、あえて長期間加害者側に事故を忘れさせたくない、というようなニーズには合うかもしれませんが、一般的には、この先何十年もずっと加害者とかかわり続けるのか、ということは考えた方が良いと思います。

 ③は一番問題で、将来にわたって加害者に支払うお金があるかどうかは分からないというものです。今回の事件については、加害者は自動車保険に加入しており、実際の支払いは保険会社が行うものと思われますが、それでも、何十年先まで今の保険会社が存続しているかは心許ないと思います。
 加害者に本当にお金がないときに、強制的に回収する方法はありませんので、将来、加害者にお金がなく、保険会社が倒産してしまうと、まったく補償がなくなるというリスクを、よく考えないといけません。

 後遺障害が残るような事故の場合、逸失利益に関する今回の判断の他にも、気を付けなければいけない点が多々あります。無い方が良いとは思いますが、被害にあった場合には必ず弁護士に相談されることをお勧めします(弁護士費用保険が無くても、相談した方がメリットは大きいと思います)。

以上