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#KAQRIYOTERROR Circus TOKYO 20211118 @渋谷GUILTY

沖縄のレポがまだ完成していないというのにこの日のレポを先に書いてよいものだろうかという疑問符はある。しかし今なお沖縄の記憶は薄れる気がしないので昨日のことを先に書いてもいいだろうという気持ちでバスに揺られながら昨日のことを反芻している。

新奇懐古周遊は渋谷から東変が始まり、実にたくさんの旅路を歩み、最終的に沖縄でファイナルを迎えた。彼女たちが回った箇所は実に多かったがそのスケジュールの過密さから、僕が行けたのはそのうちの一部に過ぎなかったわけだが、それでも初日とファイナルに参戦できたことの達成感は凄まじいものがあるし、今でもツアーシャツやツアータオルを身に付けていると我ながら誇らしい気持ちになる。それだけあの新奇懐古周遊は僕にとってとても意義深いツアーだったと思っている。

翻って今再びKAQRIYOTERRORは新曲もリリースして走り続けている。事務所の都合などによりスケジュール告知が直前になってしまうのは今更な話でもあるのだが。
僕自身にとって、急に知らされたライブに果たして意義は在るのかと問うこともある。これはあくまでも僕自身にとっての物語の連続性における意義と意味を指し示すのであって。
空いたスケジュールで空いてるライブハウスを埋めるようなライブなどいくつでもある。このご時世なので直前まで調整で大変であることも話に聞いていて理解しているつもりだが。あくまでもKAQRIYOではなく一般論としての話だが。

僕はそんな"いつでもどこでもあるようなライブ"には意義を感じないし、そんな環境においても演者はひとつひとつのライブに全力で臨んでいるはずであろう。なので僕にとやかく言われる筋合いも無いであろう。
しかし人間誰しも完璧ではないのだし、コンディションを整えられずにライブを迎えてしまうことだってある。それがライブだし、しかしそれは演者側だけでなく観る側のコンディションやライブの環境による場合だってある。まして今は、世間が”普通の(本来の)環境”でライブが出来ずにかれこれ2年になろうとしている。マロが”KAQRIYOに”加入してからというもの、”普通の環境”でのライブは出来ていないのだから。

しかしその”普通でない環境”にあるからこそ、じっくりと歌やダンスを魅せられるグループに成長してきていると思えるし、モッシュやコールのできないこの制約された動きの中だからこそYOMIBITOさんたちとクラップや振りコピなどで盛り上がるライブのスタイルなどが浸透しているとも言える。
しかしそんな中で、もしもコンディションの良くなかったライブを見せられたとしたらそれ以後足を運ばなくなるお客さんだっているだろう。あくまでも一般論だが。しかしそれでも「今回は残念だったけど、また次を期待しているよ」と続けてくれるのが、「お客さん」と「ファン」との違いであると僕は思う。
言葉の由来としては「ファン=Fan=Fanatic=狂信者」、すなわち普通ではない異常者と言ってもいいのだ。

遡ること9月26日、沖縄でライブと特典会を終えたあとスタッフさんとこんな話をした。
「いつもよく観に来ていた○○さん、"あのライブ"以来見てないんだけど、もうKAQRIYO来ないのかな‥‥」
「ああ、"あの"ライブですか。機材トラブルなどあったそうですよね。」
僕はあいにくその現場に居合わせてなかったが、話に聞いていた東変の中盤の出来事である。
「実は先週、彼に会いましたよ。山梨で。」

───その沖縄の一週間前の週末は両親と山梨までぶどうを買いにドライブへでかけた。
ちょうどその日、山梨の甲府市では"ぜん君。"のライブがあって、カーナビでライブハウスを確認してみたら母親が行きたかった道の駅からほんの数kmしか離れてないし、ちょうど開場前の時間だしワンチャン誰か知ってる人いるかな?って、ちょっと回り道してみた。
「今日ちょうどこの近くでライブやってるみたいなんだけど…」
「お兄も観に行くの?」
「いや、チケット取ってないし。もしかしたら友達来てるかもなーってちょっと寄るだけ。」
ナビを頼りに走ってると踏切の近くにライブハウスを見つけた。
まだ開場までほんの少々早いし路上で様子見してようと思ったその時、二人が歩いてるのを見つけた。
患いさん知らない人ばかりだしなぁ‥‥って思って近づいてみたら(名前は伏せるが)かつてリフトやサーフなどでライブハウスの天井に付くくらい舞ってたメイ推しの彼と、暴力的なモッシュでよく一緒にぶつかり合ったお酒と料理が大好きな彼だった。
「らぼさん何でこんなところに!?」
「今日は親とドライブで山梨まで」
などと世間話をして、「また"どこか"で会おうね」
「またKAQRIYOで会おうね」
そう約束をして僕は両親が買い物してるお店へ戻った。───

「あの時、彼は『またKAQRIYOで』って言ってたから、きっとまた来ますよ。」

eggmanでの、こもちとてふてふとKAQRIYOでのハロウィンライブに彼は来ていた。そしてその日KAQRIYOのステージも楽しんでいた様子だった。

さて、Circus TOKYOに話を戻そう。
この平日せっかく仕事の休みももらえたのだが、なんとなく僕のコンディションはよろしくない。熱などの症状は無いのだが、なんかよろしくない。身支度して少し早めに家を出たのだが、バス停まで来て忘れ物に気づいていったん家に戻る。ほら言わんこっちゃない。これを書いてる今、「何を忘れたんだっけ?」と忘れている。ポンコツの極みだ。でも沖縄へ来るとき大切なものを忘れてしまったと自らをポンコツだと嘆いていたロンドちゃんのことを思い出すと、急にポンコツであることに愛着がわいてきた。

途中で蒲田に寄って買い物をして渋谷へ向かったのだが、余裕の時間で着いた。しかし渋谷の雑踏は先月と比べてだいぶ人も多くにぎわってて、かつての渋谷に比べたらそれでもおとなしい方なんだろうけど、人混みに酔いそうになった。
東急ハンズで買い物をしてGUILTYのある井の頭線側まで戻ってくる。「渋谷中央街(直訳するとセンター街になるが違う)」から伸びる坂道を歩いて登っていると新奇懐古周遊の東変初日のことを思い出す。そうなんだ、この日再びこの渋谷GUILTYにきたのには、少なくとも僕にとってはそういう意義があったのだ。あれからおよそ7か月半になる。

開場15分前くらいにGUILTYに着いた。
平日ということもあり、仕事帰りにこれからギリギリに来る人もいるだろう、しかし都内でのライブにしてはちょいとこの人数では寂しいものがある。いつもいるあの人も先週水曜日のリリイベに来てたあの人も、今日は見ないなあ。

今日の整番で僕は最下手(しもて)だったがギリギリ最前列に来られた。そういえばBipropagandaの時もこの位置からだったよな。しかしあの時とは違い、周りのYOMIBITOさんとも顔見知りになり、予約特典誰が作ったやつだろうねなどの話をしながら開演を待つ。この日は珍しくスチル撮影のカメラマンも来ていて最前列の前方でしゃがんで待っている。

開演前のGUILTYはステージ全体が黒い緞帳で覆われている。会場での注意事項のアナウンスのあとフロアのBGMがボリュームを上げて止まると、緞帳が上がる。いつもだったらBGMが止まったあと、その日のオープニングDJ担当メンバーが舞台袖からステージ後方中央のブースへつかつかと歩いてくるのだが、この日は幕が上がったらこうほのブースには既にロンドがスタンバイしていた。下手側の袖から季・游・マロが出てきてポジションに着くと、いきなり新曲「Not Killed」から始まった。

これはあくまでも僕の経験の蓄積による主観でしかないし、あくまでもKAQRIYOはKAQRIYOであると尊重した上であえて書く。(何を今さら)
このイントロのカウントから各パートが一斉にじゃーんと鳴り響く、バンド編成の気持ちよさを詰め込んだようなこの感覚は、僕の原体験的な記憶からするとLUNA SEAの「ROSIER」に通ずるところがあるし、つれづれの「Loud Assymmetry」にも通づるものがあると思う。
ちなみにつれづれの界隈、いわゆる群青の間では「初手Loud」という言葉が定着している。それくらいLoud~は初手(オープニング)を飾るにふさわしい曲だと思うし、そういう位置付けで愛されてきた曲だ。あまりにも「初手Loud」が定着してきたので、逆に「さんざんじらした挙げ句に終盤にLoud持ってきてほしい」って思った程だ。

きっとつれづれとの”対バン”が最も多かった幽世/KAQRIYOのことだから、そういった光景を目の前で何度も見てきたことだろう。その上で、新曲のタイトルだけが発表された時点から「君が気に入りそうな曲」と確信したかのように嬉しそうに勿体ぶっていたロンドちゃんのあの時の表情や、発売日を迎えてサブスクリプションで初めて聴いたときの衝撃、ヴィレヴァンのリリイベで初めて観たときのときめき、そして今僕の目の前で歌っているノア・ロンド本人がよりいとおしい。
嗚呼、今日は最下手に来て正解だったわ。
さっきまでのローなコンディションはどっこかへ吹き飛んでいた。
初めてTrigger atqを聴いたときもメンバー全員の歌唱力の底上げに驚いたが、このNot Killedでまた一段と、今度は深まる方向へ進化(深化)したように思えた。游ちゃんのmarikoyuとしての経験値も確実にこの曲へフィードバックされているし、「陽」の象徴であるすもてゃんによる「陰」の表現力も深まっているし、ボトムを支えるマロの声はより高域まで伸び渡り、そしてロンドの歌はより繊細に響くようになっていると感じた。
四人の歌声の全体から「艶」を感じるようになった。正確なピッチとリズム感─とはまた別の表現力にこそ存在しうる「艶」というものを。

他の世界の話だが「演歌」のことを「艶歌」と表記する人もいる。彼らが「艶歌」に感じているそれに近いものなのだろう。僕が尊敬するギタリストのマーティ・フリードマンもヘヴィメタルと演歌との親和性について語っているし、けっして無関係ではないと思う。

今までのようにTABOO無き前衛性を前面に打ち出してきて、これからもそれを打ち出していくであろうKAQRIYOも、いよいよギミック無しの正統としても戦える、そんな領域まで来ていると思えた。
端から見ればもはや僕は棺桶に両足どころか全身突っ込んだYOMIBITOなのかもしれないが、それでも相対的な視点は持ち続けていたいと思っている。

続くアイデンティティークライシスではイントロでロンドが煽りを入れてくる。新曲をじっくり聴くために大人しくしていた身体が揺さぶられる。
サビで「君とギミック解ける? 意味と未知統べる~」でメンバーがYOMIBITO一人一人を指差しロックオンする場面では游ちゃんの”一発目”を喰らいました。
ちょうどこの日読み返してた拙ブログでの、ちょうど1年前の「前衛主義LABoratory 3.0」@下北沢MOSAiCの頃の「珍しい人が来てくれた」とはすっかり表情も変わった(もちろんいい意味で)って思った。この曲でもだが、すもてゃんが僕に爆レスをくれているのを感じる。きっと沖縄で話したことを意識しながらステージに立っているのだろうなぁと。そして今日はマロの眼光もいつも以上にアグレッシヴに映った。

続いて、KAQRIYOTERRORとして再出発した時からのKAQRIYOの核とも言えるlilithprideを歌い、のっけから飛びまくったあとは、鬼乃狗摩音頭が始まった。
「鬼乃~」の歌詞は僕にとっては禁断の蜜の味とも言える。当時つれづればかりを小町ばかりをひたすらに追っていた僕の、ほんの僅かなエアーポケットに滑り込んでくるように、黄泉の国の入り口から手を小招いて僕を誘惑してくるのだ。
奇しくも僕はこの日、最前列の最下手からKAQRIYOのステージを観ていたのだが、「端から端まで見よ」というパートに差し掛かると確実に彼女たちの視線が、端っこに居る僕にまで確実に感じられたのだ。つまり彼女たちはその歌詞をしっかりと意味のある有機的なものとして表現しているのだ。

そんなある意味「当たり前」のことをしっかりと実践することはとても大切なことだと僕は思う。そうは言っても、あまりにも回数を重ねているとどうしても"おざなりに"なってしまいがちなものだと思うから。そして「初心忘るるべからず」という言葉も割と当たり前に使われがちだが、その言葉も決して"おざなりに"ならぬよう。
自戒も込めて。

「鬼乃~」の「もう居ない推し」という歌詞が胸をえぐってくる時もあった。今でもあの時のえぐる痛みは感じている。しかしあの時と違うのは、「推しは今この目の前に居る、此処に存在している」のである。
先日のリリイベの時、その日の予算で自分が買える分のCDを買い、その日最後のチェキを撮り終えて「今日はもう帰るね。」と告げたら「終わるまで帰らないで、此処に存在していて。」と引き留められたことを思い出しながら。
それ以来、存在(Existence)という言葉自体がすっかりエモワードになってしまっているのである。

「鬼乃~」から「かごめかごめ」へと続き、「Original Satire」も既に歌ってしまって存分に沸いているので、今日の後半のセトリはどう"沸けば"いいのだろうと一抹の不安がよぎる。

しかしそこから続くHide snd Seekがまた素晴らしかった。
僕にとっては実に久しぶりにライブで観たHide and Seekだったが、以前にも増してメンバーの曲に対する解釈がより深くなっていたように思えた。
もしかしたらそう思えた僕自身がこの曲をより深く感じ、今まで見えなかったメンバーの気持ちがようやく見えてきたのかもしれないし、メンバーもそれを伝える表現力が高まったのかもしれない。
結局それはどっちなのか答えは分からない。
しかしそこでお互いの気持ちが伝わり合えたこと、それだけが真実でいいし、真実はそこにだけある、それがライブがlive(生きている)なんだと思った。
この日印象深かったのは「純潔捧げる覚悟」のところでロンドが握りしめたこぶしを自分の左胸に当てるところ。まさに文字通り、そこが僕の胸を打った。
そんなHide and Seekをフルコーラスで観たかった気持ちをよそに、DJスタイルで次の曲のイントロにクロスフェードしてしまった。
しかしそのイントロがカクリヨ奇想曲だったので、せっかくのHide~が‥‥という気持ちは吹き飛んでいた。

奇想曲はもうイントロからスイッチが入るし、Architectの頃からの思いも合わせると僕が幽世/KAQRIYOで一番好きな曲かもしれない。と言っても幽世をそれほど熱心に観てきたわけでもなかった。しかしその歌詞が僕のことまでをも勇気づけてくれるし、この曲を歌ってるときの彼女たちの表情もとても好きだ。

───歌とは本来そういうものがほとんどだった。作詞家がいて作曲家がいて歌があって、歌手とはそれを委託されて歌声にしてみんなに届ける人、それが歌謡曲やポップスのあるべき姿、というか王道だった。しかしいつしか海外ではメンバー自身で作品を作るバンドも多く世に出るようになり、日本でもグループサウンズが自分たちで作詞作曲をするようになり、フォークソングブームを経て、シンガーソングライターと呼ばれる、作詞作曲を自ら手掛けて自分で歌うソロ歌手までもが商業音楽の世界でも定着してきて、やがて歌手自身の生き様やメッセージを投影する、文学の世界では「私小説」と準えられる世界観の歌も増えてきた。

しかし聴く側にとっては作詞家先生が作った普遍性のある歌にも、一個人が作詞した主観的な歌にもどちらにも共感はできるし、”作詞家先生”が歌手のキャラクターや人となりに合わせて作詞するのも「当たり前」になった。それは歌手にとっても「歌わされてる」気持ちよりも「自分の歌」として愛着を込めて歌え、それが説得力やドラマ性を帯びて深みが生まれることだろう。
僕が考える「アイドル」と「アーティスト」の違いは、たとえ自分で作詞した曲でなくとも、その詞世界とメロディーを自分のものとして消化して昇華して表現できるかどうか、それがひとつの目安である。しかしそれはけっして「アイドル」が「アーティスト」に劣ってるという意味ではないし、むしろ「アーティスト」面下げて「アイドル」文化を理解しようとしない「アーティスト様」についてはFxxKだと思っている。アイドルにこそ反骨精神が流れているとさえ思っていた時期もあった。
しかし今は「アイドル」であることが安定したステータスまでにのし上がり、そこに安住しようというビジネスライクみたいなもの、時として歌舞伎町の裏通りの反社の"シノギ"として活動してるように見受けられる場面を感じることも多くなった。
そしてファンが自らを軽々しく「オタク」と呼んだり、そればかりでなくアイドル側がファンのことを「オタク」と呼ぶ風潮さえある。
世代的なギャップによってその「オタク」という言葉の定義が異なることも承知している。「オタク(ヲタク)」はあくまでもファン側が自虐的に用いる言葉であり、それをお客さんとして扱う側が決して口にしてはならない言葉だと、僕の世代は思ってしまうのだ。
尤も、もっと上の世代や、英語圏の人々にとっては「ファン」という言葉も「なんというひどい言葉を」と思うかもしれない───

さて、カクリヨ奇想曲に話を戻すが、Trigger atqやNot Killedのエモさも今後深まりそうで奇想曲に猛追しつつあるのだが、「かくりよの曲でいちばん好きな曲は?」と訊かれたら「奇想曲!」と胸を張って今日も答えていた。
カクリヨ奇想曲はイントロから最下手にロンドが立っているし、やっぱ今日のポジション最高だなと思った。一方で上手側の魅力もまた知っているのだが。

そして最後の「きっと光の先に君が居るからで、でしょ?」
で僕は、確かに目の前に立って居た「君」に光を見ていた。

MADからのTherefore?もまた素晴らしい流れだと思った。MADで存分に魅せてくれた四人でこそ美しいダンスフォーメーションそのままにTherefore?の世界がより一層感じられたし、以前このブログで言及したTherefore?のじわじわと嬲り傷めつけられる感じもまたたまらなく、肌の色が血相悪く映るはずの緑色の照明に照らされるメンバーのゾンビ感が、ここばかりは却って妖しく映り、今日のみんなの中でも特に游ちゃんからは髪型の影響もあってか頭蓋骨のシルエットまで透けて見えるようで、アイドルの可愛らしさを超越した人間の本能的な官能美が感じられたのだ。
しかし演奏中はそんな語彙力を失い、とてもサイケデリックにトリップしそうな感じで観ていた。ということをおうちに帰ってからそう自己分析している。
理屈を超えた本能的な、筆舌に尽くしがたい、beyond descriptionなライブという体験だったり作品を作れるものこそが天性の芸術家だと僕は思っているし、僕はその能力に劣っていると思う。いつもそこに言葉や概念や物語だったりを当てはめて記号化しようとしてしまうところがある。
音楽や絵画という表現に言葉が無いのと同様に、ライブという言葉を持たない言語に対しても、ライブという言語で応える。それがライブであると僕は思っている。
しかしこうしてブログに書きしたためておくのは、何かと忘れっぽい僕自身の備忘録にしかすぎず、それを読み返してライブの記憶が甦るのならば、それが本望だと思う。

そんなTherefore?でハイにトリップした状態、まさに「麻薬はこれ 音楽でしょ」のまま突入していったTEKITWOがまたいい感じに緩くて、恍惚としたままのうすうすでエクスタシーに。
と賢者モードに耽る間もなく「Full Time Dive」が始まった。この曲のキモは「針落とせ!」とマロと季がステージ両端で阿形・吽形の仁王像さながらに対になってシャウトする様が壮観なのだが、最前列に居ながらこの両像を一目で堪能するには、この最下手(あるいは最上手)は最高のアングルだと思った。
そしてまたこの「Full Time Dive」という東変の初日のGUILTYの時には未だ存在してなかった曲で本編の幕を閉じたことからも、この日再びGUILTYに戻ってきたライブの意義というものを深く感じられた。
そういった意味では、マロが加入して初めて本編一曲めからKAQRIYOTERRORのヤマコマロとしてToo Lateを歌ったあの名古屋Circusでも再び観たかったなぁ。

マロが加入してからというもの、KAQRIYOは今までずっと期待を裏切らずにやってこられたと思う。少なくとも僕が観た中では。その中でももちろん山あり谷ありで、僕自身のコンディションによるところもあっただろうが、それでも「来て良かった」と思えるライブばかりだったと思う。そんな僕にも前述した「ファン=狂信者」という自覚や贔屓目なところもある。
最近は配信ライブなどを通じてKAQRIYOを知り「初めてライブに来た」って人に声をかけられたりTwitterをフォローしてもらったりするようにもなった。彼らは普通に「YOMIBITOさんとフォローになれて嬉しいですって言ってくれるし僕が群青だった(である)ことを知らなかったりして、中には「群青」という概念を知らない人もいるだろう。
たとえ僕の心の中で砂時計を叩き割ってそれを永遠(とこしえ)のものと得んとせむとも、花や草木は移ろい、季節は変わってゆく。
それは無情でもあり、美しい。

そんなことを思いながらアンコールを待ってると、フロアの後方に群青さんの姿を見つけた。
前述した山梨で偶然(?)会ったモッシュとお酒と料理の好きな群青さん、つれづれの解散を告げられた下北沢でのライブの時「らぼさんこれからどう生きていきます?」と訊ねてきたモッシュ重戦車の群青さん、ハードコアパンクが大好きな群青さんが、フロア後方で楽しそうにしていた。このご時世が解除されたらこのバミリを飛び出して、あの時みたくこの3人とバチバチにぶつかりたい気持ちだった。

アンコールはAvant-gardEから始まった。これもアルバム「アヴァンギャルド0チテン」のオープニングを飾ってるように、KAQRIYOTERRORとしての再出発を強く意識する曲で、群青とYOMIBITOを逝ったり来たりする僕の中での、一つの始まりを改めて感じた。既に何度も感じてはいるが。

そして「なんちゃらバブルス」「摩訶不思議ズム」で踊り狂うように幕が閉じた。
前半に激しい曲ばんばん演っちゃって大丈夫かなって思ったが、中盤にエモーショナル、サイケデリック、そしてスタイリッシュに、最後はフーリッシュに。新曲2曲が加わったことにより単に歌のレパートリーが増えただけでなく、セトリの構成のレパートリー、ストーリー性も広がったと感じた。

しかしその反面、セトリ全体の曲数はほとんど変わらないので、新曲が増えるということは、そこから漏れる曲も必然と増えてしまう。新奇懐古周遊ではエモ場面に欠かせなかったOblivionもPersona_も、この日のセトリからは漏れていた。どちらとも好きな曲ではあるが、今日はここに無くて正解だったと思った。カクリヨ奇想曲だって大好きな曲だけど、毎回聴くような曲だとも思っていない。僕が観に行けなかったライヴで久しぶりに歌ってたよーなんて知らされればそれはそれで悔しいけれど。しかしその瞬間を逃すまいと無理してライブの全通を目指したとしても、僕の中でライブに参戦することがルーティンワークになってしまっては本末転倒だと思っているから。僕はコレクターではないのだから。

メンバーの中でその日の曲に込める想い、その行けるライブに向けて僕が背負ってきた想い、それが重なる瞬間に歌は目が眩むほどの輝きを放つんじゃないかなって。
歌は常に輝いていたいものである。しかしどんな宝石でも光が照らさなきゃ輝けないものである。Full Time DiveのMVの「針落とせ!」とブレイクするシーンで4色のビジューストーンが覚醒したかのようにオーロラのような光を放つ瞬間が歌にはある。

#KAQRIYOTERROR Circus TOKYO 20211118 @渋谷GUILTY

DJ;ロンド
マロ 游 季

1.Not Killed
2.アイデンティティークライシス
3.lilithpride
4.Drying Party?
→Original Satire
→鬼乃狗摩音頭
→かごめかごめ
→Hide and Seek
9.カクリヨ奇想曲
10.Trigger atq
11.MAD
12.Therefore?
13.TEKITWO
→うすうす
15.Full Time Dive

en
DJ;游
マロ ロ 季
16.Avant-gardE
17.なんちゃらバブルス
→摩訶不思議ズム

終演後、メンバーから2つの告知があった。
一つは東名阪の無料ワンマン。赤字覚悟(とは言ってもいつもチケット代以上にチェキ代を払ってしまうのだが)のワンマンライブをするということは、一年近く共に頑張ってきたこのメンバーで一定のフェーズを乗り越え、今こそ新規ファンを獲得する時期だという覚悟の現れだと僕は解釈している。
そしてもう一つは、年明けて1月2日のVeats SHIBUYAでのワンマンライブ。これはKAQRIYOのワンマンとしてはずいぶん大きな規模のハコになるそうで、2度リベンジを試みたClub Asiaでのライブよりも気合を以て臨むべきチャレンジと言っていいだろう。無料ワンマンで初めて観に来た東名阪の新規YOMIBITOさんがVeatsに集まってくれたら最高の流れだと思う。

2度目のリベンジだったはずのAsiaは残念ながらソールドアウトにはできなかった。1度目のリベンジよりはお客さんたくさんいたしライブパフォーマンスも確実に向上していた。しかしソールドアウトを目標に掲げていたよね?僕も僕で相変わらず非力のぼっち参戦でしかなかったのだが。

1月2日。
と聞いて僕はちょうど1年前のことを思い出す。群青ならみんな忘れられない日だろう、ゆくえしれずつれづれが「The Scream」と銘打って渋谷クアトロでおこなったワンマンライブの日だ。
これが発表された当初は、个喆とたかりたからが正式加入したあの2018年12月7日のクラブチッタ川崎でのワンマンライブ以来の意気込みで臨む大規模ワンマン、という認識だった。このワンマンが更なるつれづれの未来へのステップアップになると思っていた。

僕は一人でも多くの人にゆくえしれずつれづれのライブを観てもらいたい、「少しは役に立つのならば」という気持ちで、自分に何かできることは無いかと、The Scream当日から遡って48日前を起点として、つれづれのオリジナル曲48曲のフレーズを1日1曲耳コピして「僕が考える全曲ライブ」のセトリを組んで弾いていたわけだが。
僕がこの企画を個人的に始めた当初は、つれづれ最期の曲となった「Requiem」も発表されていなかったし、「解散」の二文字も知らされてもいなかった。

つれづれの解散を知ったのは11月29日の下北沢ERAでの緊急ワンマンだった。それが「緊急」と銘打たれた時から嫌な予感はしていた。

#ゆくえしれずつれづれ #theScream までの軌跡https://note.com/lavochkin/n/n61ceb5966d1d
#ゆくえしれずつれづれ 緊急ワンマン 20201129 @下北沢ERA
https://note.com/lavochkin/n/ncf1e74a6d4ad

改めてこの下北沢ERAの拙記事を読み返すと、当時の僕自身の苛立ちが綴られている。しかし解散を知らされてもなお僕はそれに意気消沈せぬよう、とにかく抗うように毎日ギター掻き鳴らして自分にできることを全うしようと決めた。そしてやがて渋谷Club QUATTROというつれづれ史上最大級のハコのチケットはついにソールドアウトした。忘れかけていた古参群青もつれづれ解散の噂を聞きつけ最期の雄姿を見届けようとチケットを入手したのだった。クラブチッタ川崎では果たせなかったソールドアウトを、こんな形で達成させてしまった。ソールドアウトおめでとう!何がおめでとうだ馬鹿野郎。こんなチートは二度と使えないやつじゃないか。

そしてチケット買った人みんなが無事に観に来て、そしていいライブだったと思えるまでは、まだまだ目標達成とは呼べないと僕は思う。
しかしそんな形で「チケットを売るという目標」自体は「達成」してしまったので、ライブ告知をする必要もなくなったのだろうか、メンバーからもつれづれ公式からもThe Screamに関する告知がほとんど途絶えてしまった。まるで緘口令でも敷かれているかのようで不気味ですらあった。
いやそれは、ソールドアウトするよりも前から、「解散」を発表する前から、本当にライブあるの?このご時世だから延期するつもりでいるの?ともやもやと思っていた。
僕はスタッフさんに「もしもメンバーのやる気がまとまらないのならば、延期もしくは中止でもいいですよ。いつまでも待ちますから。」と話したことさえあった。
しかしチケットを売ってしまうだけが商売ではないことは分かり切っていることだ。僕は悔しくて悔しくて、それでもギターを弾き続けるのを諦めなかった。僕がギターを弾いたところでライブがどう変わるわけでもないのに。
僕は今までのつれづれに対する感謝の気持ちとして、僕なりにけじめをつけたかった。僕が完全燃焼したかった。その先の未来の事など考える必要も無くなるのだから。見とけ僕の逝きざまを。

しかし今にして思えば、2021年の1月に"2週間足らずのうちに"ぜんぶ君のせいだ。に加入したふたりにとって2020年の12月頃は既に"転職活動"も並行してしていたことだろう。つれづれよりも持ち歌の多いぜん君。だし、そりゃあ準備はさぞかし大変だったことだろう。そんな事実を知らなかったからこそ、僕はバカみたいにギターを弾いて、バカみたいに1月2日に燃え尽きて灰になった。僕は死んだというよりも殺されたのだろう。
もうこれ以上は思い出したくないのでこの辺にしておこう。

つまり1月2日ってのは、彼女たちにとっての僕にとっての「命日」であり、僕は「死去」してから七七日(なななのか)、つまり「四十九日」を迎えるまでは喪に服していようと決めていた。毎回ライブに遺書を携えて登場してきた彼女たちへ敬意を込めて。
「The Scream」までに弾いたつれづれの全曲セトリ48曲(脱退メンバーのソロ曲は除く)に「Reqiem」を加えて49曲になったのは因果なのだろうか。はさて置いて、その「The Scream」までのギターを弾き始めたのが11月18日だったということも、決して偶然ではなく何かの因果だったのでは──って、このブログを書いてて気づかされた。

そんな1月2日からちょうど一年後、KAQRIYOTERRORはVeats SHIBUYAでのワンマンを控えている。地図を見るとClub QUATTROからは一本隣の通りにVeats SHIBUYAはある。そして11月18日の渋谷GUILTYでの発表からもう1週間が経とうとしている。
残された1ヶ月をどう過ごすか。
僕も明日目覚めた時から何かを始めなきゃと思う。
現段階では日付と場所のみでチケット販売などの詳細はまだ決まってないようだが、年始休みの1月2日をKAQRIYOのために空けておいてもらうお知らせくらいは今からでも始めた方がいいと思う。KAQRIYO以外のライブだってライブ以外のイベントだってたくさんあるのだから。

ライブが始まる前の僕はコンディションも悪かったし、家路に着いてからもこんなことばかり書いているが、 しかしライブも特典会も、それを忘れさせてくれるほど楽しかった。遠征で最初からテンション上がってて楽しかったライブとはまた別の、落ちていた自分を彼女たちが救ってくれた、としみじみ感じられた。
今日は平日ということもあり、お客さんはあまり多くはなかったけれど、かつてフロアで共に闘ってきた3人の群青さんがいたことも、なんだか心強かった。
ハードコアパンク好きな彼はKAQRIYOは久しぶりで、すもてゃんとチェキ撮ってるとき「はじめまして」的なプレイをしてて、すもてゃんが「えっ?知ってるよ?」みたいに困惑してた様子がとても可笑しかった。彼は僕に「最近ぜんぜんラボさん見ないから‥‥前みたいに来てくださいよー」って言ってたけど、「僕はずっとここに居るよ?」
そういえばほとんどKAQRIYOにしか居なかったな僕。

さっき撮ったチェキの厚みを握りしめたままコートのポケットに手を突っ込んで坂道をくだって渋谷駅に向かう。そのチェキを取り出して眺めていると、さっきまでの君の言葉と、君の声と残像が鮮やかに甦ってくる。チェキのポーズや構図はしっかり練ってきてスタッフさんにメモを見せることも時々あるが、何も考えずに撮ってしまうことも多い。
しかしその場でお互い顔を見合わせてどうしよっかーとあたふたするあの時間もまた好きなのです。

特典会で話したことは実に他愛もないことばかりで、「あの話をしておけばよかった」「あの時こう切り返せばよかった」などと帰りの電車で反芻していると、なんだかまた明日にでも会いたい、さっきの話の続きをしたいと思ってしまう。そしてそんな他愛無さの中に、君の優しさだったり、君の嬉しそうな一片を感じられると、僕まで嬉しくなってくる。

そんな嬉しさに耽っていると、つい想像が妄想になってしまいそうで自制したりする。BASEから発送の連絡が夜遅くに届く。そんな時間まで書いていてくれたんだなって思うと、もう翌朝からそわそわしている。だけど妄想は禁物だし、過度に期待をすると開封した時にあれっ?って思ってしまいそうなので、「今回はどんなこと書いてくれたんだろう?」と期待はしているが、あまり考えないようにしている。きっといつも忙しいんだ、それでも書いてくれてありがとう。くらいの気持ちで。

ところが君って人はまったく、僕が思っている以上にいろんなところを見ていてくれていて、そして備考欄で僕がさりげなく書いたことに対しても、君は粋な言葉で返してくれた。
特典会で面と向かって話すことは実に他愛もない事ばかりだと何度も書いてるけど、それだけでなくライブ中もステージの上から、歌詞にも載ってない文字にも書き起こせない音楽という言語で、実はもっといろんなこと伝え合えているのかもね。それが何なのかは文字では書けないけど。だからこそ、そこにライブというものがあって、そこに音楽が鳴り響いていて、そして君が居て、僕が居る。

僕が存在する理由、それは君が存在してくれているということ。


僕が僕を生きる、殺されない。

大切なものは、ここにあるよ。

いつもありがとう。

2021.11.19~11.25

Лавочкин(らぼーちきん)

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