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稼ぎ時〜夏

うだるような暑い8月、僕は出張で名古屋に来ていた。

本業として訪問介護の事業展開に力を入れるべく奔走していたところ、とある中堅介護チェーンから是非話を聞きたいと声が掛かった。

介護の人材不足は全国どこでも起きていたが、当時愛知の介護求人の有効倍率は10倍以上と全国でもっとも高く、人材確保が至上命題ではあった。

当時としてはまだ目をつける人が少なかった、僕らの外国人・ネット人材集めの手法はうまくいっていて、本事業として開始する算段が立っていたのを、コンサル時代のクライアントさんが聞きつけ、知り合いの名古屋の経営者達に話をしたようだった。

新幹線で名古屋駅まで行くと、東山線に乗り換えて栄に向かうと、名古屋で10程の介護施設を運営している法人を訪問した。

対応してくれたのは、佐伯という45歳の小柄な男性で、愛知の介護業界の実態を心から憂い、何とかしたいという熱い想いを持った社長だった。

僕は、年上の相手に失礼ながらウマが合う感覚を覚え、これからのビジネスプランを話し、どうやったら互いにプラスに進んでいく方法を話し合った。

そんな感じで初日はお互いの状況共有や情報交換、翌日は施設見学をさせてもらい、業務提携の話がトントン拍子に進んでいった。

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栄のホテルで一泊し2日目の見学を終え、東京への帰路に付こうと名古屋駅に着いた所で、社用携帯のバイブが右胸ポケットで蠢いた。

出ると、声の主は大迫だった。

「あータク、すぐ戻ってこれる?ちょっと今日手が足りねーんだわ」

「すぐ…っていうか前に伝えた通り今名古屋なんで、3時間くらい掛かりますよ?」

「ん!?名古屋?あー…じゃあとりあえず東京着いたらすぐ連絡して下さい」

いつもちゃんとスケジュール報告をしているにも関わらずこの調子だ。

夏は稼ぎ時らしく、こんなことは日常茶飯事になっていた。こちらが商談中にも関わらず、日中急な電話が来たと思ったら、今すぐ◯◯へ行け、という調子だ。

本来なら東京に戻り、佐伯に御礼と今後手続き等について連絡し、更に神奈川の介護業者とも話をするつもりでいたが、予定通りにはいかないようだ。

東京駅に着き、指示通り大迫に連絡すると、すぐに汐留か新橋に来いとの事だった。

ノートパソコンの入った重いバッグを片手に、東京駅構内を走り、駅から近い新橋へ山手線で向かった。

新橋に着き再度大迫へ連絡すると、

「あ、急いでコンラッド来てくれる?」

と軽い調子で次の指示を出されることになった。

(んなら初めからコンラッドって言ってくれ…)

8月のクソ暑い中重いバッグを抱えて走るのは流石にキツい。

コンラッド東京に到着し、LINEで来ていた指示通り28階のラウンジバーまで来ると大迫が紺のワンピースを纏った、170cmはあるであろうモデルのような女性と談笑していた。

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「あぁ、タクさん」

そういうと手招きし、僕のコーヒーを頼むと次の指示を出した。

「こちらはマキさん。これから私が上の階にいるお客様と話をしてくるので、戻るまでマキさんと話してて。」

話し終わったら呼ぶから、連れてこいー…

そう言い残すと、大迫はラウンジを出て上階へと向かうエレベーターへ消えた。

「どうも、タクです。」

不要と思いながら一応名乗ってから挨拶を交わし、既に何度か経験している繋ぎトークに入った。

とりあえず、これからこの子は一仕事が待ってるわけで、リラックスさせてあげるのが僕の役目だと割り切れるようになっていたので、以前ほど緊張しすぎる事は減っていた。

しかし、今日のマキという子は、これまでに会った中でも格別の、美人だった。おまけに人懐っこいような、明るい性格だ。

富山出身の23歳、アパレル店員をやっているそうだが、普通の仕事をしているには惜しいな、など思うくらい、良いスタイルをしていた。

「マキさん、モデルとかやってるの?」

それまでの会話が滞りなくいっていたので何気なく聞いたつもりだったが、マキとしてはあまり触れて欲しくない話題のようだった。

「ん…どうだったかな…。まぁちょっとだけやってたことはあるかな。大迫さんには何も聞いてないですか?」

それまでは気さくな感じだったのだが、急に恥ずかしがるように、あまり聞かれたくなさそうに、目を背ける仕草を見せた。

「あ、ごめん。詳しい事は聞かないようにしてるんだ。答えたくなかったら答えなくて大丈夫だからね。」

何となくマキの感情を察知し、精一杯の笑顔を返すと、大迫からのLINEが入った。

「時間みたいだ。行こうか」

そう告げてマキと指定の階に向かうと、大迫がエレベーター前に立っていた。

「マキさん、さっき話した通り今日の方は一部上場企業の役員さんで、君は都内の有名私大に通う女子大生。いいね?」

マキはコクッと頷くと、大迫に導かれた部屋の前に立った。

あとは、自分でノックして入るようにー…

そう告げると、僕と大迫はその場から離れ、エレベーターホールからマキが部屋に入っていくのを見送った。

帰りのオフィスまでは、大迫の車で向かっていた。

「マキさんて、モデルか何かやってるんですか?」

マキの仕草と答え方が気になっていた僕は、単刀直入に大迫に聞いた。すると大迫はあっけらかんと答えた。

「ああ、やってるよ。雑誌のグラビアとか出てる。」

おぉ…

「結構多いんだ、業界の子。まぁとにかく8月は稼ぎ時だ。忙しくなるぞ」

実際よくあることのようで気にも留めない大迫の最後の言葉は完全に聞き流し、芸名を教えてもらうと、そういう事に疎い僕は携帯で画像検索をした。

すると、確かに水着でポーズを決めるマキが出てきたのだったー。

続く









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