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失ってしまった笑顔とフルグラ南国白くまくん風味

ふと友人との会話の最中に、最近の人助けの記憶を思い出した。

お昼時とおやつ時のちょうど中間みたいな時間を狙って訪問した最寄り地方銀行ATM。思惑通りガラガラでスカスカの室内にそそくさと忍び込み、用事を済ませる。

スマホのストレージに収めた画像通りに銀行、支店、口座番号と入力する簡単なお仕事。実にイージー。待ち時間もまるまるカットできたらから、ものの2分でお仕事完了。あとは激安スーパーに寄りめちゃくちゃ気になっていた「フルグラ 南国白くまくん風味」を買って帰るだけ。オヤツと呼べるものが家になかったので小腹がぐーぐーと抗議の声をあげている。


そうしてスタッフも配備されていない小さな引き落としスペースを去ろうとしたときだった。

「アー、スミマセン、コレ、フリコミ、シタイ」

横の女性から声がかけられた。つたない日本語のフィリピン人。どうやらATMの全編日本語表記のインターフェースにほとほと困り果てている様子だったらしい。店内には私の他にまともな人が数人いたが、まさか私に話かけてくるとは思いもしなかった。上下無地のスウェットだし眼鏡だしマスクだし髪もボサボサだしそもそも手ぶら。急いでいるから挙動もだいぶアレだった。やめて通報しないで。

しかし、彼女の笑顔がとても屈託なくて素敵だった。現在進行形で困っているというのに、笑顔を絶やさない。日本特有の打算は一切含まれていない。とってもキレイだと思った。

よく見れば結構な枚数の書類を手に携えている。振り込みカードももっていないというから、一つ一つ丁寧に入力する必要がある。これを日本語が分からない中で行うのはさぞかし骨の折れるだろう。

私は脳内の白くまくんを南国へ強制送還させ居直った。よし、今から私はこの銀行のガイド役だ。グローバルなお客様を担う貴重な役割。自分に作れる限界の笑顔(歪)を返しながら、根気強く案内することを覚悟する。

「OK、OK、えっと、まずは、ここをプッシュ。えー、次に番号、ナンバーを入力、OK?」

釣られてなぜか日本語が不自由になる私。もともと英語力など皆無なのだ。私に残されているのはパッションだけ。すべてはジェスチャーとノリと語感だけで事が進められた。フィリピンの彼女も笑いながら応じてくれた。本当に素直で純粋で、とつぜん海外旅行に行きたくなるくらいの人当たりのよさ。

結果的に2分で完了したはずの滞在時間は20分に伸びた。
でも彼女が自力で対応していたら2時間はかかったかもしれない。

私の18分で彼女の1時間40分を短縮できたのなら、これは大いなる世界への貢献ではないだろうか。
全てを入力し終わり、次回に向けて振り込みカードの説明も加える。彼女は熱心に動画で操作方法を記録していた。動画!えらすぎます。私にない発想。

そうしてとびっきりの笑顔を向けて、お礼をいう。

「アリガトウ!アリガトウ! トテモ タスカル ウレシイ!」

それはもう、とにかくキレイだった。表面的とか視覚的なキレイって意味じゃない。混じりけのない感謝がそこにあった。お・も・て・な・しの心を彼女の中に見出してしまった。おいどうしたわたしの日本人マインド。心の中のホスピタリティ精神がいつ間にか枯れて久しい。あれ、日本人ってこんなに冷たかったっけ?

その笑顔を見ていると、私って「普段から普通に笑えている」のか疑問に思えた。何か生活の中でなにか大事なモノが失われてしまった気がする。

仮に私がすごく困っていたとして、隣の人に助けを求めたとする。不安げな表情が問題解決に向かって明るくなっていく図は想像できるけど、彼女のように最初から笑顔で接することはとても難しい気がする。

根本的な差を感じた。
彼女の笑顔ってまず円満なコミュニケーションが先だってありその後に問題解決があるんだろうな、とかそんなイメ―ジを持った。
多分、私が同じ状況だったら問題解決が先だってあって、その後にコミュニケーションを付け足すイメージ。後付けの笑顔なのだ。

なんか、大事な物がなくなっている気がした。私は彼女を助けたかもしれないけど、大切なことに気付かせてくれた彼女に、私のほうこそ救われたのかもしれない。

笑顔を精一杯作って店内でお別れ。入力の都合上彼女のパーソナルな情報を一通り目にしたけど、店外に出たらきれいさっぱり忘れた。彼女の円満な日本生活を心から応援したい。わたしも彼女の笑顔に習って、明日から生き方を見直していこうと思った。

意気揚々と帰宅する。良い体験だった。
満足感を胸に戸棚を開ける。

あれ、何もない。
待って、なんで私出掛けたんだっけ…?
あ、フルグラ南国白くまくん風味………。

瞬間で笑顔が消えた。


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