第4回オモイカネ杯予選問題振り返り(特に言語の問題)

Salve! ラテン語たんと申します。
「オモイカネ杯」。やたらめったらレベルが高いクイズ大会です。
今回は第4回。わたし、第2回以降出場させて頂いております。

予選の問題もとても難しかったです!
この難しい問題に頭を悩ませるのが楽しいので毎回楽しみにさせて頂いてるんですけどね。というわけで感想戦です!

…といっても恐らく、私に求められているのはアレだけでしょう。
そう、最後のQ.20、多答問題ですね。


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Q.20 
"世界の言語のうち、母語話者人口がトップ20に入っている言語を10個以上答えなさい。"

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この問題、非常に良い問題です。ここを糸口にいろんなことを考えることができますから。では、参りましょう。


序・どう考えるか?

最低でも10個挙げなくてはなりません。思いつくままに挙げてもよいのですが、指針がほしいところです。

私の思考過程としてはーーまず以下の事実が知識としてありました。

「1億前後の話者がいる日本語がトップ10に入ってる」

そう。日本語は話者人口でトップ10の末席のほうにいるのです。
つまり「1億人が話してれば間違いなく正解」「1億をちょっと下回るくらいでもまあ多分正解」です。


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1. 一国で1億人超えてて言語があんまり分かれてない国

これをまず探します。人口の多い国から、中国(中国語)、インド。
インドで最大多数はヒンディー語ですね、あとはアメリカだから英語
ここまではいいですね。

パキスタンは…言語が結構たくさんあるから保留ですかね。インドネシア…も保留。
これらの国はたくさんいる人口の中で複数の言語が話されています。むろん「国語をウルドゥー語とする」「公用語をインドネシア語とする」といった形で広く用いられる言語はあるのですが、あくまで「職場とか役所で使う言語」「学校で覚えた言語」であり、自宅ではパシュトゥー語とかアチェ語とかそれぞれの言語を話しているはずです。
今回は「母語話者」が問題ですからね。

他に人口の多い国ですとブラジル(ポルトガル語)、ロシア(ロシア語)あたりが出てくるでしょうか。
5個挙がりましたね。


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2.沢山の国で母語として話されている言語

スペイン王国の人口は実は4000万人程度。しかもバスク語とかカタルーニャ語とかの存在もあり、このランキングには食い込めない…はず…ですが…そう、中南米です。
実は単独で億超えの人口規模を誇るメキシコをはじめとして北中米9カ国+プエルトリコ、南米9カ国、アフリカにも多少…とかなりの数にのぼります。
(実は米国のスペイン語母語話者だけでも4000万人います。スペイン本国と同程度…!)
正確な数はさておき、メキシコだけでも1億超えてるうえに更にいますのでスペイン語は間違いなさそうですね。

同じ状況にあるのがフランス語です。フランスだけだと億は居ませんが、ベルギーやスイスにもフランス語圏はありますし、カナダのフランス語圏であるケベックやカリブ海のハイチなども足すとそこそこ行きます。
(アフリカのフランス語圏は上記のインドネシアと同じく「母語とは別にフランス語もわかる人が多い」のであまりこの数字に加算できません)

そしてアラビア語です。単独で1億人の話者を抱える国はありませんが、宗教的紐帯のもと実に27ヶ国の公用語になってます。

そしてドイツ(ドイツ語)。植民地帝国が沢山あったわけではないですが、オーストリアやスイス、リヒテンシュタインやルクセンブルクといったドイツ語話者の国が周囲にあります。
これらの国は旧フランスのような「侵略されてあとから言語を持ち込まれた土地」というわけではないので、人口の大半が母語話者なのも特徴。
ドイツだけで8000万人、そしてオーストリア・スイス(の65%)を足して1億に手が届くかなという程度。繰り返しますが1億の日本語で10位です。間違いなく20位以内には収まるでしょうね。

4つ挙がりました。これに冒頭で挙げた日本語を忘れず足せば10個の答えが出ます。


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3.人口はパワーである

これ以外には、中国とインドの"少数言語"が挙げられます。
"少数"といってもそこは人口10億を超えるこの2国のこと、割合が少なくても数としてはかなりのものです。
なにしろ後に挙げるタミル語なんてインドの総人口の5.5%程度しか話者が居ないんですが、インド(13.8億)の5.5%って7500万人ですからね。

インドで2番めに話者の多いベンガル語は2番手ながら1億を超える母語話者人口を擁しています。バングラデシュの話者を加えると日本の総人口をたやすくぶち抜きます。
ムンバイを含むエリアで用いられるマラーティー語(マラータ語)は8300万人、テルグ語は8200万人、上述のタミル語は7500万人。ウルドゥー語は隣国パキスタンの話者を含めて6800万人。話者は沢山いるのになぜか公的機関の扱いが微妙なパンジャーブ語は9200万人。


中国でも、標準中国語(普通話)とは相互に会話が難しいと言われる
粤語(えつご/ユエご…広東語などを含む方言グループ)
呉語(ごご/ウーご…上海語などを含む方言グループ)
などはそれぞれ7000-8000万の話者がいます。
…まあ、中国で「少数民族」と定義されている壮族、1800万人居ますからね。

インド7つ、中国2つ。追加で9つ挙がりました。


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4.ギリギリ20位の国々

ここからは「日本より少し人口が少ないけど多分引っかかるであろう国」ですね。人口7000-8000万人の。

トルコ語。人口8000万人の8割程度がトルコ語話者のはずなので多分セーフ。

韓国・朝鮮語。統計上は南北まとめられることが多く、まとめると7700万人。南だけだとランキングから外れます。

イタリア語。世界的広がりはないけど単独で7000万人ぐらいの人口はいる。人口減により最新の統計では6500万人程度になっておりランキング外。オモイカネ杯では"2005年の統計で20位に入っていれば正答"とみなすため補遺として)


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5. 誤答例ケース1:うっかりさんの墓標たち

さて、ここからは誤答の分析です。

問題を見た瞬間に思いついた「ありえそうな誤答」は「インドネシア語・スワヒリ語・タガログ語」辺り。
予想通り、インドネシア語とスワヒリ語は誤答のツートップです。タガログ語もかなり頻出の誤答。

インドネシア語:総話者人口2億人!   / 母語話者人口4300万人
スワヒリ語  :総話者人口6900万人 / 母語話者人口1630万人
タガログ語  :総話者人口4500万人 / 母語話者人口2360万人

いずれも話者数のかなり多い言語ですが、"母語"話者となると少なめ。

”リンガ・フランカ"(共通語、通商語) という概念があります。異なる言語の使い手が商取引などのために用いる言語のことで、他ならぬラテン語がこれだったこともありますし、東アジアでは漢文がこれになっていました。

インドネシア語は、新たに「インドネシア」という国が独立するにあたりマレー語を基盤に整備された言語。
そして重要なことに、この言語を母語にしている国民はかなり少ないのです。
建国当時の最大言語集団はジャワ語を話すジャワ民族だったんですが、なぜジャワ語をベースにしなかったのか?
これは「今すでにいっぱい居て優勢なジャワ民族が、これ以上優遇されると不平等」という考えによるもののようです。
ですのでインドネシア国民の大多数は、バリ語・ジャワ語・スンダ語・ゴロンタロ語・ミナンカバウ語・客家語・テトゥン語などをそれぞれの家庭で話しながら、公的な場や首都圏への出稼ぎなどではインドネシア語を覚えて使っています。
乱暴な例えですが、ちょうど私達が役場に出す書類を薩摩弁や津軽弁で書かないように。

マレー語、スワヒリ語タガログ語も状況は似ていて、「各地でそこそこ通じるし便利だから国家公用語にするよ、みんな覚えてね」というもの。元々その言語で日々を過ごしているわけではないのです。

「国民の多くが話せる」というのと「みんなの母語である」は必ずしもイコールではないのでした。それを明らかにするのはその国の歴史。ざっくりとでも知っておくと想像がつきますね。


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6. 誤答例ケース2:過ぎ去りし時を求めてしまった

他に見えた誤答例として「ああ確かに、ちょっと昔はその言語確かに多かったわ…」というもの。具体的には…

ギリシア語:古代世界なら覇権言語でリンガ・フランカなんですけどね…!
今はギリシャ共和国だけなので決して多くはない。あと古代ギリシア語とはかなり別物。

ラテン語:同じく昔なら大言語なんですが、今の母語話者はゼロですよ…!
でも皆さんの中で存在感があって私はちょっと嬉しいです。

サンスクリット語:こちらもアラビア語やペルシア語に語彙を供給していたり、仏典を通して日本や中国に語彙を供給していたりする。今はおとなしい。

ペルシア語:歴史的にはかなり強かった時期がある。…今も25位なので決して少なくはない。周辺のいろんな言語に借用語として爪痕を残した。日本語だとカーキとかチェックとかキャラバンとかパジャマとか。ペルシャ語を経由して他の言語から入ったものは更に多い。

オランダ語:大帝国だった頃はインドネシアやカリブ海の人々が頑張って学んでいたわけですけど、今はほぼオランダ・スリナム・オランダ領アンティルに限られますね…。日本にも蘭学の形でインパクトを与えているからこそのネームバリューという感じはします。

古典語や昔の覇権言語を挙げられていることは回答者の並々ならぬ知性をーーそして同時に古の叡智への敬意をーー示すものだと思っています。
問題としては誤答ですが、これらの回答を愛おしく思っていますよ。
…まるで採点側みたいなこと言いますね私。


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7. 誤答例ケース3:その他の外国語

上記見出しは同名の書籍から採っています。名著ですよ。

他に見受けられた誤答のうち、2件以上あったものを。

タイ語:タイ、人口は結構いるんですが割と多民族国家です。周辺国との国境付近に当該国の民族が結構住んでたりします。その分タイ語の母語話者は少なくなりますね。

ポーランド語:中東欧の人口規模って想像しにくいですよね。実際ポーランド語は30位前後に入ってます。4000万人に満たないポーランド国民に対して、在外ポーランド人が2000万人近くいるんです。たとえば米国だと主にシカゴとかにいます…が、こうした移民でポーランド語を話す人は少ないのです。

チェコ語:中東欧の以下同文。チェコは意外と人口が少なくて1000万人程度。スロヴァキアを強引に含めたとしても1500万人ほどです。

アフリカーンス語:オランダ語が南アフリカで変化した言語、ドイツ語の知識では読めないがオランダ語の知識でそこそこ読める。私は南ア国歌だけ歌えます。アパルトヘイトの時代に差別してた側の言語とされて一部の住民は忌避感を示すとか。通用範囲は面積でいうと広いんですが、荒野の広がるケープ州なんです…。

ズールー語:南アフリカの公用語のひとつ。みなさんご存知のズールー語があるはずです。そう、Ubuntuですね!

ハウサ語:ニジェール南部の言語。3000万人ぐらいいるのでかなり大言語ではあります。いいとこ突いてきますね。

フィンランド語、ノルウェー語、デンマーク語:北欧、存在感は大きいですが住めない場所も多く養える人口も少ないのでそこまで人が多くないのです。

エジプト語:ヒエログリフで有名なあっちのことを言っているのだとすれば好きな回答ですが、今はエジプト国民はアラブ化してアラビア語話者なんですよね。エジプト・アラビア語を別言語とする向きもありはしますが。

エスペラント:もしそうなっていたらザメンホフ先生も喜ぶかとは思いますが。

ドラヴィタ語:惜しい。ドラヴィ「ダ」なんです。Dravidian。
そしてこの名前、単一の言語名ではなくテルグ語やタミル語を含む「語族」の名前だったんです。ロシア語と言わずにスラヴ語って書いちゃったようなもの。知識の幅は素晴らしいのに惜しい。

シンハラ語、グジャラート語:南アジアのギリギリ20位に入らない言語たち。誰ですかこれ…と思ったらグジャラート語書いたのは私でした。

ケチュア語:南米から唯一の誤答例。インカ帝国の公用語でした。ガウチョパンツのガウチョはケチュア語。

エノク語:16世紀の霊能者が天使から啓示を受けて書き残したとされる言語。まーた渋いものを…。エノク自体は聖書に登場する人物です。英語読みでイーノック。そんな装備で大丈夫か?

ブラジル語 アフリカ語 アメリカ語 イスラム語 アルジェ語
インド語 スイス語 メキシコ語 アラブ語 アルゼンチン語 国語
気持ちはわからなくもありません。

猫語:にゃーん。

ひんたぽ語:な゜えうえ さなには…

8. 言語、やっぱり愛しいのです

ここに挙げたどの言語も、それぞれに愛おしくて、どこかしら素敵なところがある。可愛くて素敵でかっこよくて愛らしくて面白くて興味深い。

「言語に優劣なし」という姿勢そのものは、言語学をフェアにやっていく上で取るべきとされているスタンスです。「ギリシャ語以外は劣った言語」だの「フランス語もイタリア語も劣化ラテン語」だのといって憚らなかった時代への反省もありますからね。

ただ、それらの言葉にはどうしても、「みんな仲良く」的なキレイゴト感が拭い去れないと感じることはあります。

なんだかんだ本当に"平等"だなんて思っていなくて、やっぱり英語話者は世界の中心にいる気でいるし、フランス語話者は英語で話しかけると気を悪くするし、東北人は方言を隠すし、ドイツ人はスイス人のドイツ語を「チャーミングだね」ってちょっと見下げて褒めるのです。

でも主観を注ぎ込める「好き」だけは、私は本当にフェアでいたいと思います。そう思わせてくれるほどに、言語という存在はたとえようもなく愛おしいんですから。


ーーScripta est, plaudite.
          「書き終えた。喝采を。」

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