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【雑談】歌にコンプレックスを感じているVtuberが歌ってみたを出すこと

 年末に何か、いつもと違う記事が書けないか?などと思いながら、今日は少し遅い年賀状を書く作業と並行しながら、お気に入りをまとめたVtuberの歌ってみた動画をずっと流していた。

 そこでふと気が付いたのだが、自分の歌声にコンプレックスを感じている人が、勇気を出して公開する歌ってみた動画、というシチュエーションに私はどうも弱かったようだ。

なので今日はそんな「かつて歌を忌避していたVtuberの歌ってみたの良さ」みたいな、実にどうでもいいことを、特に結論もないままダラっと綴ってみようと思う。


 例えば、にじさんじだとアルス・アルマルの3Dお披露目のラストの歌「グレゴリオ」には、私はかつてグッと来たことがあるし、彼女のその後の歌についての動向は、私は割とずっと気になっている。

 愛園愛美もそうだ。日頃のセンシティブな言動とは裏腹な優しげな歌声も好きだが、今思うと勇気を出して公開した歌ってみた動画、というシチュエーションにどうもやられている部分があるような気がする。

 また、だいぶ昔の話かつ、エピソードがうろ覚えなので名前は出さないが、歌枠を罰ゲームとしてとらえるほど異常に嫌がっていたとあるVtuberの方が、少しずつ周囲に感化されて歌を頑張ろうって言ってくれるようになるまでの経緯なんかを思いながら、今その人の出している歌ってみた動画を聞く時は、未だに何回聞いてもちょっとだけ切なくなる。

そこには、単なる歌では得ることが出来ない、積み重ねから来る何かちょっと違った感動があるような気がする。

 ひょっとしたらVtuberと視聴者が一緒に積み重ねた思い出による魔法のようなものが、その歌にはかかっているのかもしれない。



 だから、歌を出さない、出したくないVtuberの方には、非常に無責任な立場からモノを言うようで恐縮なのだが、どうにか頑張って一度、歌ってみた動画を出してほしい。

歌ってみた動画は、検索から来る新規視聴者の窓口コンテンツとしても優秀だし、Vtuberの武器である声という個性の一つの見せ場だと私は思う。そしてなにより、既存の視聴者がまず間違いなく喜ぶコンテンツだ。

こんな優秀なコンテンツ、他にはきっとない。

もちろん勇気は必要だし、権利関係の処理は面倒だし、選曲のいかんにかかわらず、多かれ少なかれ酷評する人は出るだろう。

だが、その酷評する人は、Vtuberの場合特にそうだが、上手い人の歌ってみた動画でもどうせ酷評するのだ。

しかも下手をすれば大してちゃんと聞いていないような感想も多い。

だいたい、嫌だと思った曲を最後まで聞いて正確に酷いと論評するなど、専門職の人間以外で普通の人間はまずしない。

こういう層を相手にするのは無駄だと言っていい。



だから、歌を忌避するVtuberの方よ。どうか歌ってほしい。

それがたとえ「はとぽっぽ」だろうが、「ハロー大豆の歌」だろうが、下手だろうがめちゃくちゃだろうが、真剣に歌えば、きっと誰かがその新たな一面に喜んでくれる。そしてその歌で喜んでくれる人こそを、世間ではファンと呼ぶのではなかろうか?

……いささか話が飛躍しすぎて、すっかり着地点を見失ってしまったのでここらでこの長い雑談を終わる。

来年もVtuberの歌ってみた動画が、いっぱい増えると嬉しいのだが、さて、どうなるか。

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