見出し画像

入出口(irideguchi)——ゆきて1

渋谷駅でミナミと待ち合わせ。

人混みのざわめきをイヤホンで消す。

携帯電話をいじっているうちに音楽も消えた。

無音の中からトランクをゴロゴロ引く音が聞こえた。

顔を上げるとミナミがいる。

気まずげに笑って、遅れてごめんと詫びてくる。

別に良いよ、少ししか待ってないし。私は答える。

「電車が止まっちゃってさぁ」

隣を歩きながらミナミが言う。

「どこかの駅で、人身事故だって」

「月曜の朝から迷惑だね」

「本当だよね」とミナミも憤慨する。

それから少し考えて、今日は月曜日だっけ? と首をひねる。

月曜日だよ。
社会人は普通に働いてるよ。

相変わらずのミナミに苦笑を禁じ得ない。

私たち大学生は冬休みのまっただなか、ただでさえ薄い曜日の感覚が狂っている。

明日も休みで、明後日も休み。毎日が日曜日みたいなものだ。

ただ、時間の感覚はしっかり持っておかないと。休みボケになるよ。

しっかり者の私はミナミにちょっとした説教をする。

えへへ、と笑ってごまかすミナミ。

これもいつものことだ。

でもさぁ、と空を見上げてミナミは言う。

「今日は本当に月曜日かな?」
「月曜日だよ」
「絶対にそうだと言い切れる?」

私は友達の顔を見る。
ミナミはにこにこしながら同じ質問を繰り返す。

今日は本当に月曜日かな?

そう言われると自信がない。曜日を確認したくなる。携帯電話を取り出すほどでもないから、周囲を見回して日付や曜日のついているものを探す。

しかし、なかなか見つからない。

駅前の巨大なディスプレイは背後に通り過ぎた。

私は昨日の夕飯を思い出す。夕飯を食べながら見たテレビ番組のことを。

あの番組は日曜日に放送される。

だから、今日は月曜日だ。

月曜日だよ、と断言する前に、ふわっとしたミナミの興味は別のことに移っている。

「地元に帰ったら何しようかなぁ」

「あっちにはどのくらいいる予定?」

「分かんない。すぐ帰ってくるかもしれない。ずっと帰ってこないかもしれない」

自由だなあ、と私は笑う。

私は実家から大学に通っているので、里帰りの感覚が分からない。

ただ、上京組の友達は、誰もが帰りのチケットを取って出発した。

「ミナミ、バイトしてたよね? 勤務シフトはどうするの?」

人ごとと知りつつ、余計な心配をしてしまう。

「大丈夫だよ」とミナミは笑う。

「みんなにお願いしてきたから。うまくやってくれると思うよ」

「良いバイト先だね」

「バイト先じゃないよ。みんなだよ」とミナミは笑う。

「あなただってそうだよ」

トランクのホイールがアスファルトを滑る。

スクランブル交差点を抜けてセンター街へ。

平日も休日も大賑わいの渋谷に珍しく人がいない。

へぇ、こんなことってあるんだ。ゴミだらけの無人道路を見て私は感心する。

誰もいない街・渋谷。

写真に撮っておきたい。

——————————

ゆきて、かえりし? 物語——「入出口(irideguchi)」

◆Introduction◆
すぐ帰ってくるかもしれない。
ずっと帰ってこないかもしれない。
実家に帰る友だちに、あちらの渋谷駅で遊ぼうと誘われる私。
Wi-Fiスポットと繋がるとき、五人(六人?)の運命がめぐりだす。

◇サイト内の「お試し読み」より、
「ゆきて」が無料で閲覧できます。

◇「はじまりのうた」朗読PVも公開中。

★音楽協力:ぺのてあ(@penotea)さん

——————————-

サポートありがとうございます。このお金はもっと良い文章を書くための、学びに使います。