百人一首についての思いその 39

 第三十八番歌 
「忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな」 右近
 忘れ去られる自分の身がどうなろうと構いません。愛を誓い合ったあの人の命が失われることが忍びないのです。
 
 Though you have forgotten me,
 I do not worry about myself,
 but I fear for you,
 as you swore before the gods
 of your undying love.
 
 右近は女官である。十代の時に藤原淳忠(あつただ)という男と恋愛関係があったが、破局した。その後に藤原敦忠は雅子(がし)内親王に片恋をした。片恋は実らず、藤原敦忠は仕事の鬼になり、浮いた話がないままに38歳で亡くなった。
 
 けれども、右近はずっと藤原敦忠が好きだったのだ。だから、「忘れられる私のことはどうでもいいけれど、かつて愛を誓い合ったあなたの命が惜しいのよ」という歌を贈ったのだった。だが、藤原敦忠は返事を書くまもなく亡くなった。
 藤原定家は、『拾遺愚草』でこの歌を本歌取りして、次のような歌を詠んだ。
「身を捨てて人の命を惜しむともありし誓いの覚えやはせん」
「覚えやはせん」とは「覚えているだろうか、いや、覚えていまい」という意味だ。つまり、「身を捨てて敦忠を愛し、敦忠の命を惜しむ右近との誓いを、敦忠は覚えているだろうか。覚えてはいまい」と詠んだのだ。そこには敦忠に対する恨みや怨念はない。
 
 藤原定家は、自らが編纂した『百人一首』の第三十七番歌に親子の愛の歌を、そして、第三十八番歌に一途にただ一人の男を愛し続けた女の愛の歌を配置したのだ。藤原定家という歌人の奥の深さにはただただ畏れ入る。
 
 

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