百人一首についての思い その32

 第三十一番歌
「朝ぼらけ有り明けの月とみるまでに吉野の里に降れる白雪」 坂上是則
 夜が明けて、あたりがうっすらと見えてきた。有り明けの月の光と見紛うほど、吉野の里にしらじらと白雪が降り積もっている。
 
 Beloved Yoshino―
 I was sure you were bathed
 in the moonlight of dawn,
 but it’s a soft falling of snow
 that mantles you in white.
 
 この歌は、下の李白の「静夜思」という漢詩が基になっているという。
 静夜思 李白
 漢詩      読み下し文
 牀前看月光   牀前(しょうぜん)月光を看る
 疑是地上霜   疑うらくは是地上の霜かと
 擧頭望山月   頭(こうべ)を挙げて山月を望み
 低頭思故郷   頭を低(た)れて故郷を思う
 
 坂上是則は、征夷大将軍坂上田村麻呂の子孫である。したがって、武人の血統である。古い時代には武門出身者は、感傷に浸ることを潔しとはしなかった。だが、武人の血統の彼の歌は、百人一番歌の代表的名歌として選ばれた。この歌は、彼が大和国の地方官として任地に赴く途中の吉野で詠んだとされる。
 
 さて、李白は月光を地上の霜と見立てたが、坂上是則は雪の明るさを月光に見立てた。坂上是則は、大和国をよりよくするぞと言う決意と希望を持って任地に赴いたのだ。
 
 都落ちという厳しい現実にしっかりと向き合いながら、この歌を詠んだのだ。壬生忠岑は「どれほど辛くて悲しい憂いがあっても、男ならそれを堪えよ。辛くて悲しい憂いを腹に納めて生きろ」というメッセ―ジを歌に込めた。武門の血統の坂上是則は、「大和国の人々よ、もうすぐ夜が明けぞ。希望を持とう」というメッセ―ジを歌に込めた。
 やはり、和歌の奥に秘められたメッセ―ジは心に染みる。よくぞ日本人に生まれたものだ。
 
 

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