詩歌によせて17

仙厓和尚「老人六歌仙」より
 
 日本の高僧の中で私が好きなのは、忍性・親鸞・法然・一休宗純・良寛・沢庵・白隠・仙厓和尚などである。最も嫌いなのが日蓮だ。あのような激しい性格や押しつけがましい態度は好きになれない。僧侶としては貴い人だが、日蓮宗のみが尊いという説には反発を覚える。同じ激しいのでも、一休は権力者や権威を笠に着た坊主を批判したが、日蓮は自分の信じる法華経だけが正しいとして他の宗派を批判した。「真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊」の四箇格言がそれをよく表す。良寛・沢庵・白隠・仙厓などの禅坊主は捉え所がないが、それぞれ個性があって洒脱だ。
 
 さて、本日とりあげる仙厓和尚は美濃の産だが、縁あって博多の日本最初の禅寺といわれる聖福寺第123世住持となった。風刺のきいた軽妙な墨絵を描いて、殿様から庶民まで身分の分け隔てなく平易に教え、博多の人々に「仙厓さん」と愛されて87歳まで長生きした。
 
 以下は仙厓が詠んだ「老人六歌仙」である。
1.しわがよる、ほくろができる、腰まがる、頭ははげる、ひげ白くなる。
(顔に皺がより、肌にほくろができて、腰が曲がり、頭髪は薄くなり、髭が白くなる)

2.手は振れる、足はよろつく、歯は抜ける、耳は聞こえず、目はうとくなる。
(手が震え、脚がよろめき、歯は抜けて、耳が遠くなり、視力が低下する)

3.身に添うは、頭巾、襟巻、杖、眼鏡、たんぽ、温石(おんじゃく)(注)、しびん、孫の手。
(身に付けるのは、頭巾や襟巻、杖、老眼鏡、湯たんぽ、かいろ、尿瓶、孫の手)

4.聞きたがる、死にとむながる、寂しがる、心はまがる、欲ふかくなる。
(人が話していると間に入って聞きたがり、死を恐れ、寂しがり、心がひねくれ、強欲になる)

5.くどくなる、気短になる、ぐちになる、出しゃばりたがる、世話やきたがる。
(くどくどと、気短になり、愚痴が多くなり、出しゃばりで、人の世話を焼きたがる)

6.またしても、同じはなしに子を誉める、達者自慢に人は嫌がる。
(いつも子供の自慢と自分の健康自慢の同じ話を繰り返すので、人に嫌がられる)
 
 六歌仙(6人の老歌人)の墨絵の戯画に添えられた詩句は、老人の醜態を風刺して軽妙に表現している。
 すなわち、人間は年を取ると
①身体の老化現象が顕著になり、
②身体機能が低下する。すると気持ちも萎えて、
③身なりが年寄りくさくなり、
④孤独と寂しさから精神が屈折し、
⑤態度があくどく、頑固で出しゃばりになり、
⑥同じはなしを何度もくりかえすような行動をするものである。
 加齢による心身の衰えからくる高齢者の醜態や身勝手な態度を的確に表現しており、わが身を振り返ると、その兆候に気付き反省することが多い。
 
 仙厓和尚の「老人六歌仙」を戒めとして、加齢による身体的な衰えは避けられないが、適度な運動習慣で身体機能を保全し、知的好奇心を旺盛にして精神的な年齢は若々しく保ちたいものである。
(注)温石(おんじゃく):焼いた軽石を布などに包んで身体を温めるもの。(『広辞苑』)
 しかし、この仙厓の絵に描かれた老人たちの表情は、豊かであり笑いに満ちている。身体的脳の衰えなどは気にせずに、老人であることを楽しめと言っているかのようだ。
 
 屋上屋を重ねることになるが私の創作である狂歌を詠もう。これは、老人と若者とを対立させて、それぞれを揶揄したものだ。
 対老人
「加齢臭しみ皺たるみ疣ホクロ咳痰よだれ目脂尿漏れ」
「うろうろと有漏路さ迷う老い狸無漏路遙かに地獄は近く」
「くどすぎる自慢話を聞かされるきく価値はなしはなのなければ」
「肥大する前立腺と名誉欲不安妄想孤独絶望」
「過去ばかり振り向きたがる鈍くなるせっかちになる頑迷になる」
 
 対若者
「身に添うはケ―タイパソコンiPodアニメのフィギュア漫画本かな」
「努力せず才能もなく自信持ちみさかいもなく人を見下す」
「バス電車座席譲らずしゃがみ込み他人は無視し化粧さえする」
「白球を追う少年は老いやすく薄給に泣く中年になる」
「すぐキレる我慢を知らずムカツけば極楽さえも地獄とぞなる」
 我ながら強烈な狂歌ができた。毒を含んでいるけれど、この毒は少し服用すれば薬にもなる毒である。
 残りの多くはない時間を感情に身を任せないで、自律を持って生きていかねばならない。
 そうであれば、しかめっ面をしないで、こんなものさと笑い飛ばして生きていくほうが、どれだけ楽なことか。
 笑い飛ばすには、どうしても避けられない老いというものをこういう風に突き放してみていくのもひとつの方法ではあるまいか。
 目を瞑っていれば元の若々しい姿になるというものではない。眼をしっかり見開いて、こんなものさと笑うことで明るい未来が開ける。
 
 

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