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大嫌いな英語を、勉強していて良かったと思えた話。

 大学が始まって、新学期の波に荒れ狂った生活は次第に落ち着きを取り戻し始めている。今年の桜は見頃がいつもより短く感じられ、儚く美しく散っていった。これからまたあの茹だるような夏がくる。
 大学も3年生になり、そろそろ焦りが出てくる頃である。卒論、就活、そのどれもがわたしを悩ませる。思い返せば、7歳から始まったこの学業は13年かけて私にたくさんのものをもたらした。世界史は私を心踊らせ、数学や理科は私を泣かせたが楽しませ、国語は難解ながらもこの言葉の美しさを教えてくれた。

 英語。

 単語を覚え、文法を覚え、発音を覚え、文章を書き、自分の英語で話した。成績はかなり良かった方だと思う。だが好きでは無かった。というか、むしろ嫌いだった。
 英語は学習の連続だ。ベースは暗記だけれど、日常的に使わない言語は人の中からは消えていく。だから学び続ける必要がある。忘れないように、読めるように。その作業が非常につまらなく、一度難題にぶち当たるとなかなか起き上がれない英語がとても嫌いだった。点はとれる。成績もいい。だが、ただそれだけなのだ。
 共通テスト模試の英語は、読む気が無いからいつも「F」評価。でも大学の入試の勉強は死ぬほど頑張った。私のネクストステージは、難関大目指してたのかレベルでボロボロだ。入学してからの大学の英語のクラスは最優秀者が集まるクラスにされた。入試の成績が良かったんだろう。でも私は解放された気でいた。もう私、英語は勉強しませんよ?と思っていた。勉強しなくても単位は難なく取れた。読めるし、書けるし。

 そんな英語に対して卑屈だった私が、最高の音楽に出会った。

 2022年の3月にゼルダの伝説にハマり、1年かけてゼルダの伝説を網羅した。その私にYouTubeくんがオススメした一本の動画。
 韓国のアカペラグループ「MayTree」によるゼルダの伝説ブレスオブザワイルドに登場する音楽の演奏だ。私は当時衝撃を受けた。

 アカペラで表現できるのは、テーマ曲などいわゆるBGM的なものだけだと思っていた。しかし、この動画では最初から雑魚敵のボコブリンがリンクを発見して仲間に知らせるために吹く笛の音が表現されていた。そして、ハイラル中に隠れているコログが「見つかったぁ!」と音を立てて出てくる時の効果音も。さらに私が驚いたのが、ゲーム内でリンクが様々な素材を鍋にぶち込み料理をする時の効果音の表現だ。食材が鍋の中で踊るようなコミカルな音に、リンクの鼻歌。そして料理が出来上がった時の音。その全てが、ゲームで聴いた音そのまんまなのだ。それが人間の口元だけで表現されている。そして1番有名であろう謎を解いた時の「テレレレテレレレ♪」も完璧だ。ゼルダ好きには欠かせない「ゼルダの子守唄」、そして最後はメインテーマで終わる。圧倒的な技術とその作品への愛も感じられた短い動画だった。

 それから私は、MayTreeのアカペラ動画を見漁り始めた。最初は「あつまれどうぶつの森」や「ジョジョの奇妙な冒険」、「ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダム」など知っているものばかりを聴いていた。有名なものだとPCの「Windows」の起動音など諸々の音を演奏したものがある。それらもかなり凄い技術で演奏されているし、私を感動させるものだった。歌唱のあるものもあり、彼らは韓国の方々だが完璧な発音の英語を歌っていた。しかし、また別の動画で私は更なる衝撃を受けた。

 日本人なら誰もが知っているドラえもん。そのOP曲を9ヶ国語で歌ったというもの。聴いて貰えれば分かると思うのだが、とんでもないことをしている。

 「空を自由に飛びたいな♪」

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 最初聴いた時本当にびっくりした。え?今日本語喋った?めちゃくちゃ綺麗な、ネイティブかよっていう日本語が聞こえた。驚きと同時に喜びもあった。この方たちに日本の曲が演奏されていることも、そして日本語が歌われていることに、私は言い表せない、なんとも言えない喜びがあった。また別の、こちらはショート動画なのだが「スズメの戸締り」の作中で流れる「すずめ」を演奏したものもあり、それも美しい発音の日本語が歌われていた。どうやら韓国語には「つ」の発音がないらしく「ちゅ」になってしまうらしい。しかし、「意味を幾つ超えれば僕らは辿り着けるのかな」の「つ」が「ちゅ」になってしまうのは上手くカバーされていた。すごい。

 驚きのあまり、私は彼らMayTreeのことをもっと知りたくて知りたくてたまらなくなった。知らない曲のアカペラ演奏や彼らのオリジナル曲も聴くようになった。私は映画を見られていない「モアナと伝説の海」。その音楽の演奏は、MayTreeの凄さの全てが詰まっているように思う。

 彼らひとりひとりの名前も知りたい。調べたら、MayTreeの活動は私が生まれる前の2000年から存在していた。メンバーも入れ替わりが何度もあったのだという。主にボイスパーカッションが凄い左上の彼はサンインさん(彼がリーダーで、このアカペラグループを作ったそうだ)。手前でタブレットを持つ美しいソプラノを奏でるのはスヨンさん。ハモリなど絶妙な音も奏でている右後ろのテノールのヨンフンさん。左手前のユニークな高音も出せるアルトのスギョンさん。そして真ん中で低い声で音に深みを持たせているバスのウォンジョンさん。

 「モアナと伝説の海」の演奏では、メドレーなのもあってメロディー担当がコロコロ変わる。そのためこの5人のうち4人の歌声が聴ける(個人的にヨンフンさんの歌声が1番好きなので最後の「You're Welcome」で大興奮する)。そして音楽では無い、キャラクターが出す音や効果音の表現も登場する。私は映画の世界観を知らない。それでも、映画の音楽の楽しさが伝わってくる。それがすごく心地いいのだ。

 狂ったように彼らの演奏をずーっと聴いていると、だんだん脳内で誰がどの音を出しているのか、音を分解できるようになってくる。そこまで辿り着くと、メロディ担当の入れ替わりが最高におもしろくて楽しくなる。しかし、「まだそんな音も出せるの!?」「あなたもトランペット吹けるん!?」「ヴァイオリン弾いてすぐにサックスに口を切り替えた…だと…ッ!?」と、私を全く飽きさせない。スポンジボブのテーマでは、ウォンジョンさんの低い声をヨンフンさんが全く同じ声で引き継いでいてびっくりした(でも喉の使い方が違うのは分かるから凄い)。
 そうすると、彼らと出会った頃に聴いていたものはさらに楽しくなってくる。ゼルダなんてめちゃくちゃ最高だ。この方たちは音の分解と合成が上手すぎる。

 そしてだんだん、普通に話してる姿も見たくなってくる。人間らしい一面が見たくなるのだ。彼らのオリジナルの新曲について5人で話している動画が流れてきた。「話してるとこ見たい!」の一心でその動画を開くと、楽しそうな韓国語が飛び交った。

 何言ってるか全然分からない‼️‼️‼️‼️

 大学で第二外国語はドイツ語を選んだ私は、日本語とアルファベット以外の他の言語を知らない(ラテン語もやったがアルファベットだ…)。彼らが笑ってるのはなぜ?彼らは何を言っているの?他の国の言葉が分からない自分を始めて「悔しい」と思った瞬間だった。本当にカムサハムニダしか分からなかった。

 おもむろに動画設定を開き、日本語字幕が用意されていないか探る。しかし、案の定それは用意されていない。あったのは韓国語と英語だけ。そして仕方なく私は英語字幕をつけたのだった。

 あれ、何となく分かるぞ。

「3月22日にリリースしたよ〜」
「思い出した!あの時にさ!」
「まじで?」
「これ歌詞考えて書いてるときに…」
分かる単語を読み、分からない単語は何となくで埋めていく。笑顔の彼らには目を向けられないが、一生懸命止めて英語を見る。そうすると間違っているかもしれないが何となく言っていることが見えてくる。

 私は今、言葉の壁を超えている。

 依然として飛び交っている韓国語は分からない。ただそこに流れる英語から、私は着実に日本語を汲み取ることが出来ていた。

 ディズニーで描かれる、西欧以外の南の島やコロンビアやメキシコなどの国々。「リメンバーミー」や「ミラベルと魔法だらけの家」の演奏。
 大バズりした韓国のデスゲーム映画、「イカゲーム」に、海をも超えて愛される日本のジブリ作品。言語によって阻まれているはずの文化が、音に乗って繋がっている。音楽がこの地球に生きる私たちを繋いでいる。なんて素敵なんだろうと思った。そして、私が大嫌いだった英語が今、その音楽の繋がりの先にある言葉の壁をよじ登った。

 互いの理解という言葉は非常に簡単に発せられるが、実践は非常に難しい。分かり合えないから戦争が起こるし、互いの正義がぶつかり合い悪が居ないから終わらない。
 それでも、音楽は世界共通で、私たちを繋げる安らぎになると思わされた。他の国の相手のことを知らなくても音楽が好きだからというだけで、相手を知ろうと思える。そして、私が嫌々学び続けた英語の本質はまさにこれだったのではないかと感じさせられた。英語は忘れないために、躓かないために努力するものじゃない。そんな作業ではなかった。海を超え、壁を超えるためにあったのだ。やっと気付いた。私は初めて「英語を勉強していて良かった」と思えた。

 素晴らしい技術で作り上げるアカペラの演奏と、流暢に他の国の言葉を歌う彼ら。そして和気あいあいと自分たちの言葉で話す彼ら。その何もかもが素敵だと思った。
 好きな洋楽だってたくさんあるし、私はわりと雑食なので韓国の音楽も聴く。だが、そこだけでは獲得できなかったものをMayTreeは私にくれた。彼らの演奏で知った映画も今後観てみようと思っている。


 体を楽器にして、好きな曲をまた口ずさんでいる。ゲームの音を鼻歌で演奏している。指を鳴らしてリズムを刻んでいる。その全ての音が音楽。音楽。それは地球の美しい公用語だ。




▽私が1番好きな演奏

▽MayTreeのチャンネル


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