お笑いが大好きだからこそ気をつけていること
2004年12月のM1グランプリでアンタッチャブルが優勝をした。
その一部始終をリアルタイムで見ていた少年はその日、お笑いの虜となった。
時を戻すと、当時の僕はとにかく流行に疎かった。
学校で話題に入れない事に疎外感を感じ、当時大人気だった「エンタの神様」を初めて視聴した。
爆笑と詠ったタイトルにこれぞとばかりの華やかさ。
お笑いのイロハを知らない少年は、期待を膨らませていた。
1組目に出てきたのは、黒い着物にギターというミスマッチな出立のピン芸人だった。
徐にギターを弾き始めたその芸人は話題の芸能人を名指しし、次々とディスり始めた。
当時、効果音という技術を知らなかった為、その芸人がオチを言う度に聞こえてくるお客さんの不自然な笑い声に強い違和感と不快感を覚えていた。
その芸人のネタが終了して間もなく、テレビのリモコンを手に取りチャンネルを変えた。
しかし、
同年のM1グランプリにてアンタッチャブルの漫才を目の当たりにしてから、僕のお笑いへの見方は180度変わった。
それをきっかけにバラエティ番組やネタ番組を観る量が増え、M1グランプリも毎年欠かさず観るようになった。
成人を過ぎてからは劇場に足を運ぶようになり、オンエアバトルの審査員に当選した事もあった。
30歳手前となった今でも、相変わらずお笑い動画を毎日見る生活を送っている。
ここからが本題です。
今日までお笑いを観てきたからこそ言える事を話します。
これは、今でも僕自身がやってしまうことです。
一歩間違えると大切な人を失いかねない案件です。
大前提として、
お笑いは「楽しむもの」であることです。
一瞬ではあるものの日常生活で生じる心の疲労を癒してくれるものだと僕は考えています。
特に男性のお笑い好きがやりがちなんですが、すぐ分析をしたがるんです。
「分析して楽しめますか?」という話です。
本来であれば、
「この芸人さん面白い。」
だけでいいところを
「あそこのくだりは秀逸だった」
とか言われても、主観的な意見な為、共感できないですよね?
多様化した昨今のお笑いで共感を求めることはとてもリスクの高い行為です。
それに気がついた時、いかに自分が狭い世界で粋がっていたかを痛感しました。
以前はお笑い賞レースの優勝予想を真剣にしていましたが、最近では、純粋に面白かったかどうかに焦点を当てるようになりました。
復唱しますが、
お笑いは娯楽。楽しむことが大前提です。
家族、恋人、友達、同僚などと話す際はマニアックな話は避けてください。
何故なら、反射的に相手の意見を否定してしまうリスクが非常に高いからです。
共感では無く許容する事で上手に人と付き合って行きましょう。
なんか、説教くさいなー…
お笑い好きが必ずしも面白いとは限らない…
ごめんなさい…
面白い記事書けるように頑張ります❗️
貴重なお時間を割いて記事を読んで下さり誠にありがとうございます😊
ご拝読ありがとうございました❗️
お笑いサイコー‼️
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