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ショートショート集

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#小説

【ショートショート】常連とストーカー

「お待たせいたしました。こちら『プロシュートとフレッシュバジルのペンネ』でございます。」 店内に流れるクラシカルなBGMによく馴染む声が静かに響く。 二十代後半と思われるカップルの間に置かれた本日のパスタは、低めの天井から吊るされた暖色のライトの下で美しく輝いている。 僕のアルバイト先であるこのお店は隠れ家風のイタリア料理屋だ。その雰囲気もあってカップル客が大半だが、お一人様も珍しくない。 二名掛けテーブルが四席と四名掛けテーブルが一席、そしてオープンキッチンの目の前には

【ショートショート】完全アウェイゲーム

意識が朦朧とする。 ぼやけながらも、かろうじて耳に届くけたたましい歓声は倒れる寸前の僕を前に最高潮に達しているようだ。 汗も出ない程に身体から水分が干上がり、口の中は粘ついている。 強烈なライトに照らされて目の前の相手もよく見えない。 しかし、相手は恐らくピンピンしているだろう。 周りの歓声に後押しされるかのように、むしろ力を増しているのではないかと錯覚するほどだ。 「不利すぎるだろ...」 立っているのがやっとだった脚は痙攣を始めた。 手の感覚はとうにない。 も

【ショートショート】同窓会の奇襲

「かんぱーい!」 厚めのガラスが景気よく重なる音がそこかしこに響く。 張本は手に持ったグラスの方に唇を近づけ、ぐっと煽る。冷たさと刺激が口から喉を通過し、胃にとどくのを感じる。 「ほんとに久しぶりだな、張本〜」 張本の前に座っていた小林が、中身が半分ほどになったグラスを机に置きながら話しかけてきた。 小林は中・高と同じサッカー部だったこともあり、比較的仲の良い友人だったが、高校を卒業してからは仕事が忙しく、連絡すらしていなかったことを思い出す。 「ああ、三年ぶりくらい

【ショートショート】真っ赤な禁断の果実

ほんの出来心だった。 初めて「それ」体験したのは、24歳の時。 友人の家に遊びに行った時のことだった──。 「お前もやってみるか?すげーハマるぜ。」 「俺はもう、これ無しじゃ生きていけない身体になっちまったからな。間違ってもあんまり摂取しすぎんなよ。」 友人はそう言って、俺に黒っぽい種のようなものを見せてきた。 「この種、今はこんな色だけど本当は真っ赤らしいぜ。本物を見れる機会はめったにねぇ。俺も写真でしか見たことねーしな。」 いつになく興奮気味に説明してくる。

【ショートショート】本当の世界

2030年、AI(人工知能)の発達にともない、VR(仮想現実)技術もさらなる成長を遂げた。 今やVR上に自分の好きな世界を形成し、自由に人や設定を加えることで現実と区別がつかなくなるほどのリアリティを誰でも体験できる時代だ。 より手軽にVRを楽しむために、VRグラスやコンタクトレンズ型のデバイスの開発が進む一方で、体験者がVRの世界に入り込めることを追求する企業が「Dream Dive」という製品を開発した。 この製品は脳波を読み取り、五感をコントロールすることでVRの世界