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“場”そのもので安心感。無職・疾患系スナック「とまりぎ」の店員になった-VRChat

 「自分も発達障害で…」「そうですよね。誰かが話し始めないと全然話できなくて」「わかるわかる。いろいろ考えて申し訳なく思っちゃうよね」。カウンターの角の席を囲んだ一団が語り合っているのは、会話の対処法や体験談。テーブル席では就職や生活のことが交わされている。ツリーハウスにある店内では、中心にある木の幹が、隣のグループとの適度な距離を生み出している。

 にこまる334さんが主催する無職・疾患系スナック「とまりぎ」。理念について公式Twitterアカウント(tomarigi_vrc)は「人間、現実世界じゃ言い出しにくい事程、本当は口に出して色々な人と見聞を交換するのが大切だと思うし、 言うだけでも心のつっかえが取れるでしょ? 参加者の大体がなにかしの当事者の当店なので、気負わず重荷を降ろして許し合う事から『0』をはじめてほしい。そういう願いでやってます」とツイートしている。現在は月に2回程度、不定期で開いている。

 私も店員になった。自分自身が障がい者で、ギリギリでも生きている姿を同じような苦しみを持つ方々に見せて元気になってほしかったからというのが理由だ。自閉症スペクトラム障がいの影響で会話は苦手なので、有効なアドバイスができるかどうかはわからない。しかし、相手の考えていることをゆっくりと聞いて、存在を肯定して、寄り添うことはできるかもしれない。

 17日午後10時、初めての出勤。最初のうちはメニューを見せて飲み物を取りに行っていた。客足が安定してグループができ始めると、一人で端に座っている人もいる。店員である私は、「一人で会話できず困っているのかな?」と心配して声をかけてみる。しかし自分に会話のレパートリーが無いことに気付いた。相手もあまり会話をしない。

 にこにこしたり、kawaii動きをしてみたりして、何とか相手を飽きさせないように行動してみた。
しかしやはり喋れないことに対する罪悪感はある。心配になって謝ってみると、「大丈夫。こういう静かなところが良かった」と言ってくれた。他の客も「静かな感じが本物のバーみたいでいいですね」「VRChatはコミュニケーション力ないと入れないようなにぎやかな場所が多いから助かる」とひとことずつ話している。

 営業時間が終わっても客たちはのんびりとしている。ここは無理して喋らなくてもいいところなんだと思うと静寂も優しく感じる。

 「実は自分は無職で元気もなくて、家族に心配ばかりかけていて…。でも、元気になって、自分のことをできるようになって家族に心配をかけないようになりたい」。一人の客がおもむろに話し始める。隣でくつろいでいた客が「家族のことまで心配できるの偉いよ」と言うと、他の人も「そうだよ。すごい」と誉め始めた。「生きているだけで偉いし、そこから何か更にしようと思うだけでも偉い」。

 私は聞くことしかできない店員だが、「とまりぎ」には会話が得意な店員もいる。社会保障制度に詳しい店員がいると周りに輪ができて、制度の利用方法や就労について情報が飛び交う。家族や社会のあり方についても活発な議論が交わされることもある。「家族に悩みを話してもなかなかわかってもらえなかったけど、店の人とは話ができてよかった」とある客は語った。

 私が実際に店員を体験してみると、「とまりぎ」には相談やつながりを求めてきている人のほかにも、安心や雰囲気を求めてきている人も多いようだ。発達障害者のなかには私のような会話が苦手な人もいて、あえて無理に話さなくてもいい雰囲気は、居場所には大切かもしれない。私としては、普段自己開示が苦手な人が話したくなったときに、じっくりと聞き手に回っていける店員を目指していきたい。

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