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「283プロ見守りカメラ」が「実在性」だと思っている人へ

近年のスタッフインタビューや先日公開されたリアルサウンドのコラムを見て考えたことをまとめたいと思う。

「実在性」が指すもの

まず、シャニマスのプレイヤーやスタッフがたびたび口にする「実在性」(または「実在感」)の意味を整理したい。これらは実在を思わせるものごとすべてに対してふわっとした意味で使われているようだが、大きく分けて以下の3つの意味があると考えている。

A. アイドルがこちらの世界にいるかのように感じられること
B. シャニマスの世界やキャラクターの存在がリアルに感じられること
C. シャニマスが描写する世界やキャラクターのリアルさ

ひとつずつ見ていこう。

まず、AはTwitterで行われた「#シャニマスリプパ」や斑鳩ルカのネットニュースDARSコラボなどに見られる「実在性」だ。アイドルがTwitterでプレイヤーからのメッセージに答えたり、リアルアイドルと同じようにその行動がネットニュースになったり、案件でDARSのブランドアンバサダーを務めたりといったことは、あちらの世界の存在であるアイドルが、まるでこちらの世界にいるかのように感じさせる。

シャニマスではまだ行われていないが、765の「MR ST@GE!!」や「あふぅTV」のようなMR(複合現実)を活用した施策もAの意味での「実在性」を高めるものだろう。これは「PROJECT IM@S 3.0 VISION」のテーマでもある。

次に、Bは「283プロ見守りカメラ」で表現された「実在性」だ。運営・制作担当の吉川氏へのインタビューによると、「五感でアイドルたちの存在を感じて」もらうことを企画し、「臨場感のある音を追究した」という。たしかにアイドルが水を飲む音や外にいるカラスの鳴き声までもが聴こえると、作品の世界やアイドルの存在が聴覚的にリアルに感じられる。

2021年に始まった283PRODUCTION SHOPの展示も、視覚的なリアルさという意味でBと同じ「実在性」を持っている。おそらくはアニメもこのような視聴覚的なリアルさにこだわって制作されるのだろう。

そして、Cは主にシャニマスのシナリオに見られる「実在性」だ。シナリオチームの橋本氏へのインタビューにおいて、同氏はシナリオを描くプロセスについて「基本的にはアイドルたちの日々はすでに存在していて、そこをカメラで撮影しているという感覚」と回答している。アイドルをドラマのための役者ではなく、生きた存在として捉えていることがうかがえる。

このような「実在性」はシナリオ全体にわたるもので例示がむずかしいが、小宮果穂が学校の友達にヒーローの話を控えていたり、西城樹里がツイスタのハッシュタグをちゃんと使えていなかったり、芹沢あさひが年下と話すときに「っす」を付けなかったりといった描写は、彼女たちがあちらの世界で、私たちや私たちの知る人と同じように生きていることを思わせる。

以上、3つの「実在性」についてまとめたが、元来シャニマスのプレイヤーが口にしていた「実在性」はシナリオに起因するCであろう。次にリアルライブや「#甜花のお休み」に伴ってAの意味でも「実在性」が語られるようになり、283PRODUCTION SHOPの展示や「283プロ見守りカメラ」でBの意味にまで広がったと考えられる。

混同される「実在性」に思うこと

「実在性」の意味を整理したところで、私が指摘したいことは3つだ。

1つ目に、シャニマスのキャラクターに深みを与えている「実在性」はCであること。AやBの「実在性」もコンテンツを引き立てるものではあるが、特定のキャラクターに共感したり、好きになったり、あるいは推したりする理由にはならないだろう。

2つ目に、Aの「実在性」はプレイヤーの存在が大きな矛盾となること。私たちプレイヤーはゲームにおいて、基本的にプロデューサー(シャニP)の視点からコミュを見ているが、「#シャニマスリプパ」のような企画ではプレイヤーがファンの視点にいるという矛盾がある。そうした企画も否定はしないが、プレイヤーの存在をあやふやにすることがフィクションへの没入を妨げるノイズになることは指摘しておきたい。

3つ目に、ABCいずれの「実在性」も単体でエンターテインメントにはならないということ。リアルアイドルやVRコンテンツ、ノンフィクションなどがおもしろいとはかぎらないように、「実在性」はあくまでシャニマスというコンテンツを引き立てるものであり、それ自体がおもしろさではない。

「283プロ見守りカメラ」を振り返る

改めて「283プロ見守りカメラ」を考えると、6時間かけて「実在性」を表現したこの企画には、3つ目に挙げた「『実在性』はそれ自体がおもしろさではない」という視点が欠けていたように思う。とはいえ、アイドルの自然体な話し声が聴けたり、芹沢あさひから写真が連続で送られてきたりといった、Cの意味での「実在性」を思わせる描写もあった。これらはキャラクターに深みを与えるものだったと思う。

一方で、シャニPやはづきさんが事務所に見守りカメラを設置したという設定は、Cの意味での「実在性」を損なうものだった。アイドルの自由を尊重するシャニPが見守りカメラを設置するとは考えづらいし、その見守りカメラはなぜか窓を写しているだけで、防犯などに役立てようとしたとも思えない。このようにキャラクターの描写に不自然さが生まれていることは、シャニマスが精緻な描写によって積み上げてきたCの「実在性」を台無しにしかねない、致命的な欠陥であったと考えている。

以上、ABCの3つの「実在性」を挙げ、「283プロ見守りカメラ」がBやCの「実在性」を高める一方で、Cの「実在性」を損なうものでもあったことを述べた。今回は「実在性」の意味を3つに分けたが、これらに収まらない「実在性」があるかもしれないし、ほかにもさまざまな考え方があると思う。意見やコメントがあれば遠慮なく発信してほしい。

氷河期氷河期〜。

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