自分は他人の言葉でできている、という感じ

自分は他人の言葉でできている、という感じがある。

小説をよく読む子供だった。小中学生の頃は、物語をたくさん読むことを通じてケーススタディのように人の心の動きとかを分かったようなつもりになっていた。実際全然そんなことはなかったのだが。むしろ何も分からない。

中学生くらいになると自分の考えみたいなものに意識的になるけれど、そのあたりから「これは私が考えたことなんだろうか、それともあの時読んだ本のあの人が言っていたことを真似してるだけなんじゃないか」みたいなことを考えるようになる。「私の考えていることはすべて他人の言葉でしかない…???つまり私はオリジナリティも何もないつまらない人間なのか…??」とか思ったりした時期もあったけれど、ほどよい頃合いに「純粋にオリジナルな意見なんてありえないよね、何を自分の思想として選択していくかだよね」というところに落ち着く。

自分は他人の言葉でできている、それは選択を通して行われる、ということに全く否定的ではないのだけど、それを空虚だと感じるような日もある。特に、いろんなものに触れてみても、何も引っかからないような時など。すべて飲み込んであとに何も残らないブラックホールみたいな自分、とか思ってしまう。何かが引っかかる時を待ち、何かが引っかかるように自分を準備しておくことしかできないけれど。

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