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アートと本とコーヒーと:駆りたてられる

続くリモートワークで、目に映る景色はほぼ部屋の中。花を飾ったりカーテンやラグを変えてみたりしても、そうカンタンには弾まないココロ。惰性に押し流されて、低空飛行の気分が当たり前になってしまう……正しい生活かもしれないけど、これって、どこか良くなくない?

とうとう、バスに飛び乗り向かった先は天王洲の運河沿い。『バンクシ―って誰?』展です。1990年代から活動をしているバンクシ―は、いまや、グラフィティアーティストのカリスマ。覆面でゲリラ的な活動への関心はもちろん、作品を通して政治や社会的なメッセージを訴えかけるアクティビストとして注目されています。

今回の展覧会は、いま流行りの没入型。映画のセットのような立体的な空間でバンクシ―作品を感じるスタイル。入るとすぐに、バンクシ―の故郷ブリストルの坂道が現れます。壁には、くしゃみをするおばあさんの口から入れ歯が飛び出している瞬間。コロナ禍の2020年に描かれたこの作品は、マスクをしないことへの警鐘……ということでしょうか。

これは、2013年にバンクシ―がニューヨークで行った野外展覧会のポイントを示したもの。ニューヨーク滞在中のバンクシ―は、毎日1つ、街角に作品を描き、自身のインスタで発表した。画家セザンヌの「家の中で描くより屋外で描いたほうがいい」という言葉に影響されたというけれど……。

段ボールに描かれたのは、最も有名な作品のひとつ<Love Is In The Air>をモチーフにしたもの。ベツレヘムのガソリンスタンドに描かれたグラフィティは、男の手に石の代わりに花束を持たせた。後に、同じモチーフでいくつか作品を作っているそうだけど、この段ボールにバンクシ―の言葉が刻まれているような気がします。

街並みは、イスラエル軍によって廃墟と化したガザ地区の様子。セット感ありありではあるものの、実際に、そこにカラダを置いて、廃墟の中で足を動かしてみると、確かに何かを感じます。

断片的なニュースでは実感として伝わりにくいアフガニスタンのことも、もしかしたら、別の手立てがあれば関心はもっと高まるのでは……と、ふと、思ったり。

これは、デザイナーのポール・スミス氏所有のバンクシ―作品。今回の展覧会で好きだった1枚です。蚤の市で見つけたという無名の画家の作品に、バンクシ―がイギリスの標識「C」を書き加えたもの。既存の作品に書き足すことで意味を変える「転用」の手法を用いています。

さて、この数日、夢中で読んだのが『東京藝大で教わる 西洋美術の見かた』(佐藤直樹著/世界文化社)。これまで美術検定を受けるためにテキストを数冊読みましたが、それらとはまったく違うアプローチで古典の西洋美術を紐解きます。

たとえば、ルネサンス時代、自画像に瞳に映る窓を描いたデューラー。このことによって、デューラーが若い頃、ネーデルランド地方を訪れ、すでに鏡や瞳に像を映し出す表現方法を用いていたヤン・ファン・エイクの作品を見ていただろうと推測できること。ブリューゲルの<子供の遊び>を観て、「もう、気が散って仕方ない。どこを見たらいいのよ!」というシンプルな感覚は、むしろこの純粋な視覚体験を利用した意図的な手法だったこと……などなど。

ストーリーやユーモア、そして美しさ。そうしたものの奥底に、作家が忍ばせたどうしても伝えたいこと。物語や美がたくみであればあるほど、受け手は手探りで奥底にあるものを掴み取ろうとします。

だから、アートは、作り手と観るものの対話なんだと思う。対話の方法にすら、時代の特徴が表れていておもしろい。バンクシ―はコミュニケーション力に優れている、まさに現代的なアーティスト。


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