日本語がうまいね

2008年 華子
#レイシャル・ハラスメント

 日本語がうまいね

「ありがとう」
「いえいえ、ここを過ぎればゴールまでもう少しです!」
「わぁー、よかった!」

頑張ったかいがあったね、ビールが美味しいわよと、かつての女学生たちが歓声をあげる。ユイにはまぶしく思える。青いパーカーのポケットから、小銭入れが落ちるのが見えて、ハナはとっさに声をかける。

「あ!ありがとう!!あなたたち、そのジャージは西高?」
「はい!」
「あらぁ、私、卒業生なの。うちの娘たちも西高のボランティア部だったのよ」
「じゃあ、センパイですね!」
「いつ日本に来たの?」
「・・・えと」
「留学生だと西高の勉強、大変じゃない?短い時間かもしれないけど、日本を楽しんでね。これ、スタンプのお礼よ。じゃあねー」

無理矢理渡されたパイン飴の袋が、手のなかでぐしゃりと音を立てた。秋晴れ色のウィンドパーカーをきた人たちには、けして聞こえることはない。無邪気に笑顔を振り向く先輩に、投げ返したい衝動を抑えて、それの包装袋を開ける。

食べ物に罪はない、食べ物に罪はない、食べ物に罪はない。3回唱えて、口の中に放り込み、一気に噛み砕く。

「いったぁ」

飴の空洞を計算にいれずに勢いよく噛んだ歯は、舌まで噛み切ったようだ。口に広がった甘さを、途端に鉄くささが侵食する。

「あほ」

顔をあげると清田が冷え切った目でこっちを見ていた。

「あんなん相手にせんかったらいいねん」
「わかってるけど」
「モノにつられよって情けない」
「疲れてたし、飴に罪はないし・・・」
「罪あるわ」

清田は道路に飴を叩きつけ、踏み潰した。

「ハナに、そんな顔にさせるもんなんていらん」

清田は強い。小学生の時からそうだった。ハナはよく上級生に絡まれた。手は出さなくとも「ガイジンや」と陰口をいう子たちも多かった。そんなときも清田がぎろりと睨むと静かになった。

日本生まれ、日本育ち。なのに、「普通」の日本人としては浅黒く肌と、大きい目、するりと長い手足。発育のいい体格から、よく外国人に間違われた。それには慣れてきた。

でも、純和風な本名は笑いを誘うらしい。本名を言うだけでニヤニヤされる。

一方で、日本語で道を聞いたのに、「ノーイングリッシュ!」と返されることも少なくない。日本語しか話せないし、日本のパスポートしか持ってない。

「いっそ交換できたらええのにな。ほらさ、見た目、日本人にしか見えへんやん」

もう7年も前。からかわれて泣いた目をこすりながらの帰り道、いつかぼそっと清田が言った。
自らをあごで指し、おどけたように笑った後、清田はポツリとこう言った。

「見た目か国籍、ハナと交換できたらちょうどいいのにな」

濡らされた上履き袋は、振り回すとブンブンといい音がした。夕日に照らされて清田の表情はよく見えなかった。

私は周りの子と違う。でも、清田も違う。

お互いに違うけれど、「みんなと違う点」は同じ。それがどれだけ心の支えになってきたか、きっと清田は知らないだろう。中学で学区が別れた後、高校のボランティア部で再会したときは驚きよりも嬉しさが勝った。

「お疲れー!足、大丈夫?」

朝美先輩の疾風のような大きな声で、我に帰る。

「一年生たち、バテてない?」
「もう心と脚が折れそうっす」
「はははー!何言ってんの!!」
「いや、聞いてくださいよ」

清田はさきほどの顛末を面白おかしく話す。その様子に少しチクリとした痛みを覚える。

「何それー!最悪。私もいたら言い返したのに!ハナちゃん、次同じことあったら言うんだよ」

じゃ、あと少しだけファイト、ゴールポイント、手伝ってくるねと朝美先輩は笑顔のまま、ゴールまで駆けていく。先輩だって、朝から立ちっぱなしのはずなのに、体力が違う。

「・・・かなわねえよな」

清田が朝美先輩を目で追いかけながら、
まぶしそうにつぶやく。今度ははっきりとした痛みを覚えたとき、一体に5時の音楽が鳴り響き、スタンプラリー終了の知らせが流れる。

「終わった終わった」
「意外に立ちっぱなしでも大丈夫だったね」
そう?こっちは足ガクガクだけど、と軽口を叩きながら、スタンプラリーのポイントの撤収を始めた。折りたたみ机のみその場に畳んで、のぼり、スタンプとスタンプ台を持って、ゴールポイントに歩く。まだ5時だが、すでに日は傾きはじめて、ゆっくりと川辺を赤く染め始めている。

薄紅に染められたゴールポイントにはすでに、西高ボランティア部の一同、朝美先輩と場違いな青空のパーカーが見えた。

「お疲れ様ー!一年生!!長い一日だったね」
「お疲れ様です」
「あなた達、やっぱりうちの子と知り合い?」
「あれ、お母さん、2人のこと、知ってるの?」

その顔には先程見覚えがあった。並んで見れば、先輩と人懐っこい目が同じだ。

「さっきね、財布を拾ってもらったのよ」
「あ!そうだったんだ!ハナちゃん、清田さんありがとう」

朝美先輩のお母さんは頭を下げながら、無邪気に言う。清田の顔は見えない。

「でも、留学生なのに、日本人みたいな名前なのね。どこの国から来てるの?」
「あのね、お母さん。ハナちゃんは日本人で、外国人ではないよ。それに、留学生じゃなくて、卒業までずっと西高にいるの」

そんなお母さんをみて、朝美先輩は冷たい息を穏やかに吐ききるように話しだした。
「でも、仮に外国人や留学生だとしても、それが何か?」
「みんな私の、素敵な自慢の後輩なんだよ」

朝美先輩の横顔が夕日に真っ赤に照らされている。その顔を見ながら「やっぱりかなわないな」とハナは思った。


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