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悪いコトをしたときは

君のやったことは、まるで何の意味もない。しかも悪いよ。いいかい、君は悪いことをしたんだ。わかるよね、悪いことをした時は、どうしなきゃいけないんだっけ? 何と言わなきゃいけない? 学校でも習ったよね?

この言葉をきいた瞬間、弓をキリリと引いて、狙いを定めている緊張感が、ゆっくりと彼から伝わってきた。

キリキリと引かれた弓には、獲物をし止めるための銀色の矢が添えられている。ターゲットはもちろん、わたし。

ねえ、悪いことをしたんだよ。
そういう時はなんて言うの?
"ごめんなさい"だよね、ほら、言ってごらん。
メッセージで送るなんてダメだ。許してほしいなら、"ごめんなさい"って、声に出して謝るんだよ。メールで送ったら、それバラすよ。悪いことをして許してほしいから懇願してきたって、みんなに言いふらすよ、いいの?
ほら、早く謝って。時間がないよ、目的地に着いちゃうよ(運転中)。

…言えないの? 
謝れないのなら、ボクとキミの仲はもう終わり。明日からは差しさわりのない話しかしないし、そういう他人行儀な関係にするよ。謝れば、今までどおり、なんでも本当のことを話し合えるボク達でいれる。さあ、どっちがいいの? 謝るの? 謝らないの?

・・・変態だ。
男なんて鼻であしらいそうな私から、「ごめんなさい」という一言を奪い取り、屈服する様子を眺めたいのだ。この勝気な私をねじ伏せたいのだ。

「いつもなかなか言うことを聞かない。最後には僕の言ったとおりにするし、なるのに、いつも時間がかかるからイライラする。だからこれからは命令するね」と言われたこともある。
確かにそうかもしれないけど、私は私なりに考えてから行動したいし、すぐにはわからない時もある。いつだって最後は彼の方が正しいから、尊敬の念だってひそかに持っているのに。

それが今日は謝れだなんて。「ごめんなさい」という六文字で。

冗談じゃない、私は悪くないと心から思っていた。でも、私の口から発せられる「ごめんなさい」を手に入れたい彼の欲望を満たしてあげたくて、謝ろうとした。けど、なかなか声にならない。

だって、悪くないし、すごく恥ずかしい。ごめんなさいと謝ることが、こんなに恥ずかしいことだなんて、知らなかった。公衆の面前で服を一枚づつ剥がされていくように恥ずかしい。お日さまもまだ高いのに。

言うの? 言わないの? とせかす彼の受話器のむこうでは、車をバックに入れる時のピピッピピッという音が聞こえてくる。目的地に着いたのだ。言わなきゃ…、早く言わなきゃ(よく考えりゃ、謝る必要もなく、さっさと電話など切っちゃえばいいのに)。

背徳的なぬかるみのようなゲームにはまり込んだ私は、かなりの沈黙のあと、「ごめんなさい」と謝った。我ながら、可愛く言えたとちょっと満足(笑)。

OK、じゃあね! と嬉しそうな声とともに、通話は呆気なく切れた。スマホを持ったまま、しばらく呆然としてしまった。

でもそれからだ。
秘密を共有してしまった私たちの距離は急激に縮まった。というか、彼の心が少しだけ開いた。ような気がする。

厄介な関係…。だけど、こんな形でしか、きっと近づいていけない。

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