宝箱_それは儚い01

宝箱、それは儚い

「ねえ、まだなの?」
 女戦士が気だるそうに言う。こいつは冒険者の酒場で初めて会った時からこういう調子で、いつも俺の事を見下していた。ただでさえ、たいまつの灯かりしかない上、蒸れてじめじめした迷宮の奥深くで、女の言動は俺のいらいらをさらに逆なでた。俺は宝箱を目の前に、サシガネ、ノコギリ、ゲンノウ、ノミ、チョウナ、針金、ワイヤーでひと揃えの、盗賊の七つ道具を自分の周りに並べながら、うるせえな、てめえは待つって事を知らねえのか、と言い返してやった。そして、女戦士が置いたランタンの位置が悪く、手元に影が差すので、舌打ちし、ランタンを丁度いい場所にずらすと、両手を、グーパーグーパー、といつもの準備運動をする。女戦士は悪びれた様子を見せる事も無く続けて言い放った。
「そういう前置きはいいから、さっさと開けてくれない?」
 女戦士が追撃をしてくる。こいつは本当に頭に来る。これから一流の盗賊であるこの俺が、宝箱の罠解除に取り掛かるというのに。俺はいつものように、目の前にある宝箱を愛おしく感じ、赤地に銀飾りのついた無骨な箱を手でそっと撫でてやる。
「なあ君、本当に早くしてくれないか」
 今度は男司祭が神経質に言ってくるが、俺は無視する。宝箱の罠を解くには集中力が必要で、繊細な指先の動かし方ひとつで、全員を窮地に追い込む事がある。女戦士が、もっと言ってやってよ、と男司祭に言うと、男司祭は片方だけ眉を吊り上げると、嫌悪感に満ち満ちた顔でこちらを見下ろし、それから肩をすくめた。今度は、目立たなかった男魔法使いが長いマントをひるがえし、ランタンの火を煽って揺らしながら言った。
「みなさん疲れているんですよ。我々は貴様のように戦いの最中、隠れたり、後ろの安全なところからちょこちょこ矢を撃ったり、隙があれば敵からごく少ない小銭を盗んだり、そういうけち臭い事をしないでちゃんと戦っているんです。貴様が我々に同行させてもらえているのは、宝箱の罠を解除できるから、という技能のみのおかげなんですよ。それなのに貴様と来たら、せっかく宝箱を目の前にしたというのに、おおげさに道具を並べたり、手の運動をしたり、気持ち悪く宝箱を撫でたり。そういうナルシストな振る舞いなど、別にどうでもいいですから、さっさと宝箱を開けてもらえませんかね」
 男魔法使いは、普段呪文の詠唱に慣れているせいか、よく回る口でベラベラとよく喋った。俺は本当にいらいらしてきて、集中すっからちょっと黙ってろよ、と叫んだ。
 女戦士は確かによく戦っていた。俺たち四人のリーダーとして、判断力もあったし、勇敢さもあった。敵の前に躊躇無く踏み出して、しっかりとみんなを守った。男司祭はタイミングよく補助的な呪文を唱え、この迷宮に入ってから俺たちが危機に陥る事など一度もなかった。よく気が付く性格で、女戦士と男魔法使いの仲立ちとして優秀だった。極めつけは男魔法使いだった。よく回る口から湧き出る呪文は湯水、というよりもはや滝のようで、次々と強力な呪文を唱え続けた。火、水、風、土などの属性を臨機応変に使い分け、多彩な呪文を駆使し、しかもその威力は強大で確実にモンスターを駆逐した。
 俺は、確かに戦いでは足手まといだった。しかしそんな事は当人であるこの俺が、一番よくわかっていた。戦いの最中に隙をついて小銭なんか盗んでも誰も喜ばなかった。
 俺たちは、ついに迷宮の最深部にたどり着いた。そして今、目の前にある宝箱と対峙しているのだった。確かに戦いではみそっかす扱いの俺でも、宝箱を前に感慨に浸る事くらいしてもいいはずだ。最近は「忍者」なんていう戦いでも大活躍し、なおかつ宝箱の罠の解除も出来るという超人的な上位職の一派も増えてきた。たしかに俺みたいな盗賊じゃ、忍者には太刀打ち出来ないが、それでも罠の解除の腕は盗賊の方が格段に上だ。冒険者の酒場で女戦士に声を掛けられ、俺が自分を盗賊だと言った時、女戦士とその背後にいた男司祭、男魔法使いの三人が一緒に、うわ忍者じゃなくて盗賊に話掛けちまった失敗した、という心の声は、読唇術を使えない俺にもすぐにわかった。
 宝箱のある部屋は迷宮の地下深くで、最後は長い長い髄道の先にある小部屋だった。壁は水が伝ってかび臭く、滑って光って深い緑色に見える。床には石の切れ目が縦横無尽に走っており、壁を伝う水はその亀裂に流れ込んでいるようだった。
 宝箱の罠の種類には大別すると、いくつかの傾向がある。まずは物理的な仕込み針、仕込み矢など。これらはそれだけなら石つぶてと変わらないただの嫌がらせの様な罠だが、針や矢には毒が仕込まれている事も多く、その場合は少しやっかいな罠となる。だが、毒には揮発性があり、恒久的に毒の効果を残す事は出来ない。つまり、宝箱自体に最近触ったような後があるかないかで、ある程度毒かどうかもわかるというわけだ。次に魔法的な罠で、迷宮深くにあるのはこのタイプが主流となる。これらは、実に厄介なしろもので、熟練した盗賊であっても罠の解除に失敗し、まれに冒険者全員を巻き込んで、全滅という話も少なくない。だけど、この魔法タイプの罠にも解除するにも、俺たち盗賊はそう簡単には手の内は明かさないわけで企業秘密だが、コツというものはある。俺は頭の中の罠一覧の中からひとつずつ、目の前の宝箱の罠を消去法で消していった。
「まったく誰よ、盗賊なんかに声掛けたの」
 この声は女戦士のうんざりした声。
「それは他ならぬ貴様じゃないですか。だから私はやめろと言ったんですよ。一緒に連れて行くなら忍者以外考えられないでしょう。ほら見てくださいあいつ。宝箱の前に座ってぶつぶつ言いながらまだああしているんですよ。私はね、盗賊なんて本来信用していないんですよ、戦いにも参加しないし。だからあそこで変な同情なんてしないで、きっぱりと断ってやればよかったんですよ、そうじゃないですか」
 これは魔法使いの軽い早口。
「まあまあ、それは今さらというものですよ。本当は私も女戦士が声を掛けた瞬間に、まずいな、と思いましたよ。しかしそれも後の祭りというものです」
 こっちは男司祭の気難しい声。
 いつしか俺の後ろにいた三人は、俺に聞こえているのにも構わず、かなり大きな声で陰口を叩いていた。なんだか涙が出てきた。俺は自分が盗賊である事をこれほど呪った事はなかった。いつしか俺は嗚咽を漏らし、感情は濁流の如く溢れ出した。
 俺の異変に気が付いた三人が俺の背後にやってきて、あらこの子泣いちゃったどうするのよほらこんな盗賊やっぱり役に立たないでしょう私の言った通りさっさと見限って優秀な忍者を探しすべきだったんですよもうあきらめましょうしかたがないですよ、などと思う存分好き勝手な事を言い出した。俺は歯を食いしばって、袖でぐしぐしと涙を拭った。それから俺は、大きく息を吸い込んで、一度止め、またゆっくりと吐いた。
 俺はなんの注意も躊躇もやめた。そして、無造作に宝箱を開けてやった。
 足元からガコッと音がして、背後にいた三人は床に空いた穴に吸い込まれて消えた。俺はしばらく宝箱につかまったままで、落とし穴が元に戻るのをじっと待った。
 床の下から、おぼえてなさいよぉー、とくぐもった声が聞こえたので、安心した。

終わり

あとがき

ここまで駄文に付き合って頂いた奇特な皆様、
本当に本当にありがとうございました。

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また、どんな感想でも構いませんので
教えて頂きたいと思っております。

20150411
仲村十四郎
豊田楽夜

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