魔城_それは儚い01

魔城、それは儚い

 我輩が、自らデザインしてやった、人間のしゃれこうべの飾りをつけた、観音開きの大窓に、両手を当てがう。この大窓は、いつか冒険者がここに辿りついたまさにその時に、我輩が登場してあのセリフを言う為の場所であった。あのセリフというのは、人間共をすくみあがらせるのに十分な効果を発揮する恐怖を具現化したような、そんな言葉だ。しかし我輩が、人間に対してこの言葉を発する機会は未だ訪れない。我輩が復活を果たしてから数百年たったが、ここまで辿りついた人間などただの一人もいないのだから。
 そして我輩は、開けてすぐに高笑いが出来るよう、タイミングを計りながら大きく息を吸い、両手に力を入れて大窓を押し開ける。大窓はこの魔王の城の三階、城前の広場を見下ろす位置にあって、よく声が響くように計算されている。大窓に人間のしゃれこうべをデザインしたのにも崇高な意味があった。それは、いつか我輩が自らの登場シーンに言おうと思っているあのセリフの中にも見出す事が出来る。
 よく来たな冒険者共よ、それは褒めてやろう、しかしそれは同時に不幸な事でもあるのだ、見よ、この人間の成れの果てしゃれこうべを、貴様らもすぐにこうなるのだ!
 今か今かと冒険者がやってくるのを想像しながら、幾度となく練習したあのセリフを、我輩は心の中で叫んだ。当時は、冒険者共が震えながら、恐怖に慄く表情をたやすく想像出来たものだったが、もはやそんな想像力も我輩の中からは失われてしまっていた。
 我輩は力なく、大きく吸い込んだ息を、溜息に変えてゆっくり吐き出した。紫立ちたる霧のけぶる魔王の城の大広場には、今日も今日とて誰もいない。元々、大魔王直属の四天王を中心とした魔王軍の軍勢を、所狭しとこの広場に整列させたものだが、もはやそういう事もやめていた。我輩は、世界征服にやっきになっていた頃を思い出してみたが、すでにそれも一度封印される前の事であり、ただただ美しく彩られた記憶の断片が、我輩の心のはるか奥底に粉雪のように舞っているに過ぎなかった。いつしか我輩は、目頭が熱くなっている事に気が付いたが、とめどなく溢れる悲しみは我輩を掴んで離さない。
 朝、目が覚めると、我輩は、黒のローブを身につけ、絶望のブーツを履き、混沌を呼ぶマントを羽織り、それから呪われし魔力の冠を被る。そして、世界に破滅をもたらすと伝わりし破壊神の杖を右手に持ち、左手には、悠久なる時の流れの中に封印された失われた叡智の水晶を携える。最近では、わざわざこんな格好をしても誰も見る者などいないのだから、適当にパジャマでちらっと窓から外を見るだけでいいのではないか、とも思い始めている。ちなみに、パジャマには、昔、我輩を封印した伝説の勇者の似顔絵を胸のところに描きこんだもので、我輩のお気に入りでもある。これを描いた絵師は、魔族の中でも異端中の異端者で、描いてもらう為には、我輩も様々な困難を課せられた。それでも我輩はその要求をことごとく受け入れる他なかった。この我輩が、困惑し、辛酸を舐め、屈辱にこの身を震わせられようとも、その試練とも言うべき数々を受け入れたのは、決して容易ではなかった。しかし、それでも我輩はやり通した。なぜなら、異端者の描く絵には、魂が宿ると言われていたからだ。そして再び我輩は、懐かしき郷愁の念にも似た古えの戦いと、伝説の勇者のその御霊をようやく感じる事が出来るようになったのだ。それは、眠りに就く前の、数分か数時間程度の、かりそめの幻想なのかも知れなかったが。
 すでに、魔王軍の忠誠の朝礼の儀式など失われてしまった。徐々に儀式に参加する者はいなくなり、最後に残った四天王も一人二人と抜けていき、今ではこの広場には、凶悪なるモンスター、閑古鳥が鳴いている。それでも我輩は、この朝礼の儀式をやめなかった。いつか来る冒険者共を待ち構え、ふたたび熾烈を極めたあの戦いをする為に。
 今さらながらに、我輩は、伝説の勇者との戦いを思い出す。
「大魔王、貴様は何ゆえに人間を恨むのだ」
「ふふ、愚かだな勇者よ。我輩が人間を恨んでいるだと。浅はかな。人間の想像力など、所詮はその程度か。我輩は人間を恨んでなど居らぬ。人間に虫けらの気持ちがわかるか。わかるまい。そうだ、我輩にとっては人間など虫けらのようなものなのだ」
「ふざけるな大魔王。そうさ、たしかに虫の気持ちなど、人間にはわからないかもしれない。だけど、人間にはそんなちっぽけな存在の気持ちを推し量ろうとするやさしい気持ちを持った者だっているんだ。そして、そのやさしさはいずれ世界を包み込む」
「やさしさ、だと」
「ああ、そうだ。おれがこうして大魔王、貴様の前に来れたのは、人々のやさしさに導かれた結果に過ぎない。ここまで言っても、まだわからないのか大魔王。人間がちいさな存在の気持ちを思いやる事が出来るように、それは大魔王、貴様にだって出来るんだ。確かに、貴様にとって人間など、ほんのちっぽけな存在だ。だけど貴様に、人間を慈しむ心が少しでもあれば、こんな戦いは回避できたはずだ。なぜ、世界征服など企んだ」
「ええい、うるさいうるさい。哀れな人間どもよ。そんな上ついた感情でこの世界がどうなると言うのだ。そんな事を言っても、所詮は人間など、疑い、妬み、憎しみ、そして傷つけあい、争い、血を流し続けてきたではないか。我輩が粛清してやらねば、人間などというちっぽけな生き物は、自ら滅びの道を選び取り、愚かな末路を迎えるに違いない」
 我輩と伝説の勇者との戦いは長きに渡って続いた。そして、最後には勇者の意志の強さが勝ち、我輩はついに封印される事となった。我輩がどれほどの永き眠りに就いたのか、眠っていた我輩にはしる由もない。だが、復活し、再び勇者と戦える喜びをその眠りの中で夢想し、そして、数百年前にようやく、我輩は目を覚ましたのである。
 目が覚めた我輩は、すぐにモンスターの配備に取り掛かった。勇者が現れるという伝説がある村の周辺にはスライムやゴブリンなどの弱いモンスターを、中盤にはオークやコボルドといった中級モンスターを配備した。これらはすぐに決まった。それから、迷宮には手ごたえのあるように、一筋縄ではいかないように注意しながらひとつひとつモンスターの居場所を決めていった。迷宮の奥深く、長い随道の先には宝箱を配置し、そこに罠を仕掛けるのも忘れなかった。そして徐々に、魔王の城のあるこの魔境に近づくにつれて、強力なモンスターを置く。我輩は、愚かな人間の都合など、これっぽっちも考えてやる事などしなかった。すべては再び来るべき伝説の勇者とのあの懐かしき戦いを、最高のものにする為の演出でしかない。我輩は、これらを入念に長い時間を掛けて、丁寧に行ったのである。
 しかし、いつまで経っても勇者は来ない。
 我輩は仕方ないので、もう一度大きく息を吸い込んだ。そして、我輩の笑い声が魔城から魔境中に、いや、全ての人間どもに聞こえるように世界中に向けて高笑いをしてやった。
「ファー、ハッ、ハッ、ハッ、ハハハハハ……、はあ」
 かつて世界を震撼させ、すべての人間を恐怖のどん底に陥れた魔族の長、恐怖の象徴とも言うべき大魔王であるこの我輩の胸を突き破ったもの、それは虚しさだった。
終わり。

あとがき。
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20150412
仲村十四郎
豊田楽夜

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