宝石_それは儚い横長

宝石、それは儚い

 街のカジノで奇跡が起こった。そこかしこから、おめでとう、と祝福の声が聞こえてきた。まさかのスリーセブン。ついに私に神が微笑んだのだ。私はいつものくせで、愛用していた魔女の帽子のひさしを、左右から両手で掴み、ぎゅっとひっぱる。それから嬉しさを、深く被った帽子に隠すようにして笑った。うひひっ、と声が出た。
 私はカジノの従業員にお願いして、大量のメダルを物品交換カウンターへと運んでもらう。メダルは全部で十万枚とかいう桁違いの枚数だったので、そのまま一番価値の高いアイテムの、賢者の石と交換してもらった。残ったメダルはすべて薬草セットと交換し、二人の大切な仲間に、これ、幸せのおすそ分け、と言って渡す。女僧侶は嬉しそうにしてくれたのに、なぜか男戦士はあんまり嬉しそうじゃなかった。

 俺は砂漠の夜に、焚き火から少し離れた場所で番をしていた。カジノの町を出て、次は砂漠の町に行く為だった。砂漠地帯は広く、まだ町は見えてこない。しかたがないので途中で野営をする事にした。ふと、俺はパンパンに膨らんだ自分の道具袋を眺める。俺の道具袋からは薬草セットがはみ出ている。昨日、女魔法使いの奴がカジノで大当たりを出したせいだった。あいつは事もあろうに自分だけ一番高価な賢者の石と交換し、俺と女僧侶に大量の薬草セットをお裾分けしてきた。
 元々カジノで最初のメダルと交換した種銭は、俺たち三人で稼いだものだ。確かにあいつの魔法は偉大で、賞金のかかったモンスターを倒すのに一役買っていた。しかし、やっぱり、あの金は三人のものだったし、それで当たったメダルだって三人で平等に分けるべきだと思った。おれはちらっと二人の寝顔を見た。焚き火を囲むようにして、二人は体を「く」の字にしてぐっすり眠っていた。見ると、握ったまま眠っちまったのか、ぐっすり眠っている女魔法使いのかたわらに、賢者の石が落ちていた。焚き火の灯りを受け、なんともいえない怪しい輝きを放っていた。俺はそっと、それに手を伸ばした。

 早朝、私の賢者の石が割れていた。私は魔女の帽子を思いっきり深く被って、怒りを抑えるのに必死だった。興奮しすぎて、むふう、と声が出た。砂漠の野営で、誰かが外部からやって来て行った犯行とは到底思えない。男戦士と女僧侶は大切な仲間ではあるけれど、この二人のどちらかが犯人なのは、もはや間違いない。
 朝、薬草のソテーを作って三人で食べた時、私は二人に聞いてみた。どちらも名乗り出てはくれなかった。だけど、私は確信している。二人の内、どちらかが犯人だと。私の勘では男戦士が怪しく思えた。カジノで薬草セットを渡した時、嬉しそうじゃなかったし、昨夜、見張りとして起きていたのは、他ならぬ男戦士だったからだ。

 俺たちの足取りは重かった。魔法使いは賢者の石が割れたのを、仲間である俺たち二人のどちらかが犯人だと疑っているし、女僧侶も何やら深刻そうな顔で俯いていた。俺たちは三種類の足跡を砂漠に連ねて残しながら、無言のまま進んでいった。日はまだ高く、ものすごく暑くて、なんだか俺は、喉が異様に渇いてしかたがなかった。
 砂を孕んだ風の音と、ざっ、ざっ、ざっ、という三人の足音以外は静寂だった。俺はいつまでも町が見えてこないせいもあって、この時間が永遠に続くのでははいか、とすら思い始めている始末だった。ふと、女僧侶が俺たちの前に出て、立ち止まった。そしてためらいがちに、実は、賢者の石を壊したの、私なんです、と右手を挙手して言った。

 私は驚いた。絶対に男戦士が犯人だと思っていたのに、予想に反して犯人は、スライムも殺せない性格の女僧侶だった。私はどうしてそんな事をやったのか、一応問い詰めたが、犯行理由はあやふやだった。なんとなく、とか、ついうっかり、とか、出来心で魔が差してしまって、とか。聞いてる内に、少しいらっとしてきた。だけど、いらいらしているそんな自分が、私はなんだかアホらしく思えてきてしまった。
 私は自分が、本当は賢者の石を壊されて怒っていたんじゃなかった事に、気が付いたのだ。賢者の石が壊れてしまったのは残念だったが、そんな事はどうでもよかった。ただ、二人の内どちらかが犯人である事はわかりきっているのに、それを言ってくれない事に腹を立ていた。なぜなら、二人は私の大事な仲間だからだ。賢者の石なんて別にただのアイテムじゃないか。だけど、男戦士と女僧侶は、かけがえのない仲間だ。私は特に、無実のはずの男戦士を疑ってしまった自分を、強く恥じた。

 俺はあわてて、ちょっと待ってちょっと待って女僧侶ちょっとこっち来て、と言いながら、僧侶の服を引っ張った。そして、そのまま女魔法使いから離れ、女魔法使いに聞かれないように女僧侶に訊く。ちょっと待て、賢者の石、本当にお前が壊したのか、と。すると、女僧侶は、はい、と頷く。俺は、嘘を吐くな、と言ったが僧侶は譲らなかった。僧侶があまりにも頑なだったので、俺は我慢できなくなって言った。
「いやいやいやいや。お前嘘吐くんじゃねえよ。お前が賢者の石を壊せるわけないじゃんかよ。だってお前、昨日ぐっすり眠ってたじゃん。もういいよ、やめろよそういうの。お前がそんなやってもいない罪をかぶってどうするんだよ。絶対にお前は、賢者の石を壊してなんかないんだから、だって」
 そして俺は呼吸を整えてから、言った。
「あれ壊したの、俺だもん」
 僧侶は一瞬驚愕の表情になって、次に困惑の表情になって、しばし間を置いた。それから、だったらどうして言わなかったんですか、朝食の時にだって、今までにだって白状するチャンスは一杯あったじゃないですか、と言った。そんな事はいい、そんな事は今さらどうだっていい事なのだ、女僧侶よ。俺は僧侶に、今はそんな事よりお前がどうしてやってもいないのに嘘までついて、俺の罪をかぶったのかが知りたい、と訊いた。
 僧侶は、私、ああいう雰囲気、どうしても我慢できないんです、と言って続けた。
「私達は仲間です。本来は強い絆で結ばれているはずです。それなのにあんな、カジノの景品の事くらいで、こんな風に疑心暗鬼みたいになるなんて間違えています。もしも仲間割れにでも発展したら私は悲しいです。だから、私が罪をかぶってしまおうかと」
 俺は、聖職者って、すげえ、と思った。女僧侶が天使に見えた。

 男戦士が女僧侶を慰めている。私はなんだか、自分が悪者になってしまった気がしはじめていた。そうなのだ。もとはと言えば、私がカジノの大当たりを独り占めして、賢者の石なんかと交換したのがいけなかったんだ。わたしは二人に駆け寄って言う。
「あのね、二人とも。元はと言えば私が悪かったんだよ。二人の気持ちも考えず、カジノの大当たりで、浮かれたりなんかしてさ。あんなおおはしゃぎして、賢者の石なんかと交換しなければ、よかったよ。それにごめんね、犯人探しみたいな事してさ。私、考えてみたんだけど、本当の事、言ってもらえればそれでよかったんだよ。やっちゃった事はしかたない事だよ、だけど本当の事を言ってくれないのは、しかたない事じゃない。だって、本当の事を言い合えないなんて、本当の仲間じゃないもんね。でしょ。だから、もうやめようこんなの。私達は本当の仲間なんだもの」

 あ、その事なんだけど、と俺は前置きして正直に言った。正直に言いさえすれば、許してくれるつもりだったらしい。だから俺は、昨晩、女魔法使いの手から賢者の石が落ちてた事、賢者の石が焚き火の反射で光ってた事、女魔法使いも女僧侶もぐっすり寝ていて、今なら少しくらい触っても大丈夫だろうと思った事、手を滑らせて落とした賢者の石を、足で受け止めようとしたら蹴飛ばしてしまって、それが思った以上に遠くに飛んでいった事、あわてて近づいて拾い上げたら、砂漠だというのに、運の悪い事にそこにだけ岩石が突き出ていて、おそらく嫌な角度でそこに賢者の石が当たったらしい事、パキィンというなんとも言えない音が、静寂の砂漠に鳴り響き、その音で二人が目を覚まさないか心配した事、だけどやっぱり二人がぐっすり寝ていたのでほっと胸をなでおろした事、拾いあげた賢者の石をそっとつかんで何度も合わせてみたけど、割れたものがくっつくわけなかった事、そっと賢者の石を女魔法使いの手元に戻した事などを全て正直に、白日の下にさらけ出した。
 正直に話せば許してくれると言ったのに、なぜか俺はめちゃくちゃ怒られた。

終わり

あとがき

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20150411
仲村十四郎
豊田楽夜

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