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愛しくてたまらない、なんて気持ちに出会うと思わなかった

この記事はアドベントカレンダーの7日目の記事となります。
私は今年初めてアドベントカレンダーというものに参加させていただくのですが、何を書こうかなとぽやぽやと考えたまま当日を迎えてしまった。

最初はちょっと崇高なことだったり、今年のまとめ的なことを書こうかしらと思っていたのだけれど、「好きという気持ちが一番尊い」という信条に従って、そして自分の今年一年を語る上で欠かせない存在となった、わたしの最愛について書きたいと思います。

ねこがやってきた

片手に収まるサイズ感

そう、わたしの家にねこがやってきたのが今年1年のハイライト。
(今これをタイピングしている瞬間も絶賛邪魔されている真っ最中)
正確にいうとペットショップでお迎えしたので、やってきたのではなく迎え入れたという表現が正しいのだけれど、割合に偶発的な出来事だったので「やってきた」という表現がしっくりくる出来事だった。

ねことの出会い

友人がお土産に持ってきてくれた袋の中に入って遊ぶ

「なんで突然ねこを飼い出したの?」と聞かれることが多いのでここのパートについてはちょっと詳細に書いてみる。(参考になるか分からないけれど、ねこを飼おうかと悩んでいる人のためにも)

前提、わたしは今までの人生で、ねこはおろか、ペットと暮らしたことがなく。なんでも母が小さい頃に飼っていたインコのぴーちゃん(🦜)が亡くなってしまったことがショックで、もうペットは飼わないと決めていたとか。それがそのまま実家の方針となっていた。

可愛いだけで飼えないことは重々承知、でもやっぱり可愛いな〜と犬やねこの写真を見ては「いつかはペットと一緒に住めたらなあ」と夢見ていたのだ。

そんな矢先、今年の初めに引っ越した家がたまたまペット居住可の物件
これまではペット不可の物件だったため、どうしたって飼えなかったのだが、「あれ、わたし今ペットと暮らすことができる権利を手にしている????」ということに気付いてしまった。(安直)

そこからブリーダーさんや保護ねこ/犬の募集サイトをちらちらと見ていたのだが、保護されたわんちゃんねこちゃんの譲渡は制約が大きく、単身者不可、という文言が多く記載されていることも知った。

そんな折、3月のまだ肌寒い、ちょうどホワイトデーの日曜日。

その日は特に予定なんてなくて、お昼ごはんを食べに出るためだけに外に出た帰り。ペットショップがあったのでふらっと立ち寄ってみた。

まさに、そこにいたのがこの子。

天使?

今まで人生の中で一目惚れなんて人間にもしたことがなかったのに、生まれて初めて雷が落ちたような気持ちになった。
初めましてなのにゴロゴロとすり寄ってくる姿が愛らしくて(今思うと営業力の強い、逞しいねこだったのかもしれない)「この子と暮らしたい!」と思ってしまって。

でも、頭の中のもう1人のわたしが囁く。
「生き物を飼うんだよ!今日ペットを飼うだなんて1-2時間前に想像なんてしてなかったでしょ?あなたラーメン食べにここまできただけじゃない。衝動買いなんて駄目、よく考えて!」

ごもっともだ。ごもっとも過ぎる
その時のわたしはぷらっとラーメンを食べるために外に出ていたので、トレンチコートにお財布を引っ掴んで出ただけ、といういでたちだ。

でも、もう一方の心のわたしが叫んでいる。
「絶対にこの子と暮らしたい、もう出会えないと思うときっと後悔する」と。

大きな意思決定に関しては、あらゆる角度から考えながらそこそこ石橋を叩いて渡ってしまうわたしが、心の中で「絶対」を叫んでいる。これは結構すごいことだった。

周辺をうろうろと徘徊しながら「本当にわたしは生き物の命を預かることができるか」を自問自答し、悩みに悩んだ挙句、わたしは先程のペットショップに戻ってあの子との暮らしを始めることを決めた。今までの人生での重要な意思決定の中で、恐らく最速の意思決定だ。

なんてことのない話なのかもしれないし、ただの人間のエゴなのかもしれないけれど、わたしにとってはとてもとても大きな意思決定で。だから、必ずしあわせにするんだと決めていた。

その日の夕方にはわたしの部屋にねこ用のゲージがセットされ、今朝まではいなかった可愛らしい天使が不思議そうに、そして興味深そうにわたしの部屋を歩き回ることとなった。

※ちなみに名前は「らむ」になりまして、初めは二郎を食べに行った帰りだったので「二郎」という名前を付けそうになったのだけど、「二郎って顔してないな…」と思い、わたしの好きなラムネの「らむ」から取って(ちょっとラーメンにも響き似てるし)決めました。

この、小さな生き物と暮らして

窓際で日向ぼっこのふわふわの生き物

わたしはまだ子育てを経験したことがないけれど、子育てと同じようにねこ暮らしは分からないことの連続だ。少し体を震わせただけで心配になり、ネットで検索し最悪のパターンの情報を引き当ててしまい、不安で胸が張り裂けそうになる、なんてこともある。

でも、同時にたくさんのしあわせな気持ちを貰っている。
わたしがしあわせにしたい、と思ったのに、
たくさんのしあわせを、わたしの方が貰ってしまっている。

どんなに忙しくても、心に余裕がなくても、
きょとんとした顔でこちらを見てくるのを見ただけで、そのふわふわな背中を撫でるだけで、すやすやと眠る寝顔を見るだけで、いつだってわたしは元気になれる。最高の回復魔法だ。

あとはお風呂に入ってる時に扉の外でちょこんと待ってるのも可愛いし、在宅勤務でお昼休みになると「僕の時間!!」とばかりに撫でろとせがんでくるのも可愛いし、ついさっきおやつをあげたばかりなのに「もう何日も食べ物貰ってないよ!!」みたいな悲壮感漂う声でおやつを求めるのも可愛いし、人間のおじさんみたいにベッドの上でぐでんと寝てるのも可愛い。(永遠に出てきてしまう)

そして彼はねこの割に人見知りもせず度胸もある豪胆なねこなので、新幹線に乗って福岡の実家までわたしと帰省をしてくれて、親戚中に可愛がられてデレデレになっている。本当に偉い。(偉い。)

実家に到着後、信じられないくらい寛いでるねこ。体も柔らかい


「この家に来て良かったにゃ🐈」と思ってもらえているかは分からないけれど、一生そう思い続けてもらえるように、底無しの愛情を注ぎ続けたいと思う。

こんなことを言うと各方面に多分な誤解を与えてしまいそうだけれど、「何があってもこの愛情は壊れない」と確信できたのは家族以外の他人では親友を置いてこれが初めてのような気がしていて。そんな風に真っ直ぐに愛情を注ぐことができる対象と出会えたことって、とっても素晴らしいことだと思うのだ。

ここから、「愛情とは何か」ということを論じてみようかと思ったのだけど、「可愛い好き」以外の語彙を失ってしまったので、それはまたのちの記事に譲りたいと思います。

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もうすぐ、彼は1歳のお誕生日を迎えます。
ああ、まだ生まれてきてから四季を一周回り切っていないんだね、と思う。

わたしと一緒に生きてくれてありがとう。これからもどうぞよろしくね。

ウインク

※なんだか結婚のご報告?惚気?のようになってしまったのだが、ねこ様との暮らしは最高なので(勿論責任も伴うが)ぜひこの素晴らしさを世に広めてゆきたい。「ちょっと検討しているんだけど周りに飼っている人がいなくて…」という人はぜひ聞いてください

らむくんの成長日記はこちら🐱(宣伝)

おわりに

ひょんなところから入れてもらった言語化コミュニティというものがあり、
そこでアドベントカレンダーの企画をいただき書いてみました。ただの好きが溢れただけの記事になったので、こんなのでいいのか分かりませんが、そんな些細なことでも立派な「言語化」だということできっと受け入れて貰えると信じています。気持ちを言葉にするって大事ですね。みなさん良いお年を🎍(年内にまたnote書くかも)

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