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新人CAが夜な夜な”つぼ八”で飲み明かした話

昔々、まだ私が若くてピチピチだった頃。
入社試験を何とかパスし、CAとして入社し、訓練所で数か月にわたる訓練を終えると、いよいよラインアウト。そう、遂に飛行機に乗るのだ。

ガチガチに緊張した初フライトの、飛行機が離陸した瞬間のふわっとした感覚を今でもはっきり覚えている。泣きそうになったな。

新人の頃は、制服を着て空港を歩くだけでテンションが上がる。しかしまだ制服を着こなせてはいない。動きも、スマートさより一生懸命さが伝わってしまう。それが新人の良さだし、ゆっくり成長すればいいのに、当時の私たちはそんなことにも気づかず、とにかく早く一人前になりたかった。

訓練で詰め込まれた知識や所作が活かせず、ミスをし、先輩から指導される日々。くじけそうになることもしばしば。CAの仕事は曖昧な部分も多く、先輩によって判断が分かれたりする事も多く、でもまさか「先日は別の先輩に真逆の指導をされました」なんて言えないし。自分の中でボチボチ消化していくしかないのだ。

優しく的確な指導をしてくれる先輩が4割、的確に淡々とが3割、やたら厳しいが1割、もっと言い方あるだろうよが1割、訳分らんのが1割ってとこかな。まぁ、数年後には自分も、どれかの部類に分けられていくのだ。

初フライトから4カ月くらい経った頃。夢と現実の狭間で、疲れも溜まってきて、みんな同期が恋しくて仕方がなかった。厳しい訓練期を支え合い、励まし合って乗り越えた同期は、いつまで経っても特別なのだ。今でも。

当時、羽田ベースだった私達は京急利用者が多く、羽田線と乗り換える京急蒲田駅は、皆で集まるには便利だった。が、これがなかなか渋い駅で、昼間から前歯のないおっちゃんがほろ酔いで歩いているような場所で、お洒落なレストランなんてものは無かった。今はもうきれいになったのだろうな。

ある日、同期と同じフライトだった私は、翌日が休みだったこともあり、帰りに飲みに誘った。「待ってましたー!」とばかりに乗ってくる。CAの仕事は不規則で、世間一般と休みが合わない。それがどんなに辛いことなのか分かり始めた頃だった。平日の夜に深酒に付き合ってくれる友達はなかなかいない。だからCAは航空会社の人間とばかり集まるようになり、この業界は意外と世界が狭い。

髪はシニオンのまま、取れかかった化粧を直すこともなく、さっさと着替えて京急に飛び乗る。運が良いのか悪いのか、その日は金曜日。お店はどこも満席だった。最短で生ビールに辿り着くには、人気のない店に行くしかない。我々はつぼ八に飛び込んだ。(つぼ八さんごめんなさい)

席があった。ありがとうつぼ八。
座敷かテーブル席かと聞かれ、迷わずテーブル席を選ぶ。なぜなら長時間、立ち仕事をしてきた私たちの足は間違いなく臭い。たぶんストッキングの親指も破れているに違いない。だから靴は絶対に脱げない。

大衆ジョッキグラスに入ったビールは輝いていた。枝豆が光っている。
「かんぱーーーい!!」
この時ぐびーっと飲んだビールの感触は未だに覚えているから、きっと相当美味しかったんだと思う。仕事は大変だけど逃げずに頑張っている自分とか、少しずつ進歩している自分とか、CAとして働ける喜びとか、家を出て自立した誇らしさとか、色んなものが混ざった1杯だったの。人生で最も印象に残る1杯の一つ。

ここで連絡をしておいた別の同期から電話がきた。
「今フライト終わったからすぐ行く!どこ?京急蒲田のつぼ八?オッケーオッケー!〇〇ちゃんも一緒に行くから!」
金曜日の夜に何の予定もない、若くてピチピチのCAが続々とつぼ八に集まる。

賑わう店内。もう満席だ。忙しそうに、でも爽やかに行き交う店員さん。店中が解放感に包まれている。世の中は花金なんだなー。曜日関係なしに仕事があり、世間が休む盆暮れ正月こそ忙しいCAは、世間と少し隔絶されたようなところがある。

我々はアルコール様のお陰もあって、心は早々とパンツ一丁になっていた。

するとA子が突然「私、乳首が真っ黒なの。それが最大のコンプレックス。」と突然のカミングアウト。更にA子は醤油の瓶を指さし「このぐらい」と。私たちは一斉にビールを吹くw
スタイルが良く美しく優しい彼女にそんなコンプレックスがあったなんて。だから男性とお付き合いできなかったという。今の彼のお陰でコンプレックスを克服できた。運命の人だと。ちなみに彼女は別の男性と結婚した。人生そんなもんだ。それでいいのだ。

B子はやっと仕事を楽しめるようになってきたという。それまではいつ辞めようかと考えていたそうだ。実際、半年以内に辞めて行く人もいる。憧れと現実は違った、といったところだろう。まぁ分かる。

C子は一つ年下の彼が幼く見えるようになってしまったという。私たちは社会人になり、大きく変わろうとしている時。大学生の彼は子どもに見えてしまうだろう。少し彼が気の毒ではある。
特に今の私達には、周りの先輩が全員とても大きくて輝いて見える。自分たちもああなれるだろうか?このまま頑張っていれば、いつか先輩たちに追いつけるのだろうか?

深夜の女子会は終わりを知らない。気が付けば午前3時。そろそろ帰るか。私たちはスッキリした顔でつぼ八を出て、それぞれタクシーで帰っていった。

また明日から頑張れそうだわ。

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