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美味しすぎない「ハムサンド」

打算はダメだ。「この店は美味すぎなさそうだ」なんて目論見で入店してはいけないのだ。その店が思ったより小綺麗で、思ったよりトラブルもなく、思ったよりも美味しすぎたとする。こんなに素晴らしい食事を喜べないとは何事だ。恣意的に店を選べばこそ「美味い」以上の価値が見つかるのだ。

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打算的に食べた「半チャー飯ラーメン」が美味過ぎたせいで、どこか虚な表情で石巻の街中を歩く。いや美味いラーメンだった。こんなはずじゃなかった。半チャー飯もボリュームも含めて素晴らしかった。でも、こんなはずじゃなかったのだ。

濃いコーヒーでも飲んで気を晴らそうと道べりに見つけた喫茶店に入る。控えめな看板を背に階段を上る。

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扉を開けると、素晴らしい柄のカーディガンを着たマスターと、赤いパンツが刺激的なママが出迎えてくれた。マスターを含めた先輩方がカウンターで楽しそうに会話をしている景色は、コロナ禍以前の病院の待ち合わせ室のようだ。店の隅の仄暗い席では、学生らしき客がコーヒーを片手に勉強している。

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この店は「加非館(COFFEE KAN)」。壁に染みついた煙草の臭いとコーヒーの香りが入り混じる。垂直に近いソファの背もたれ、ダークな木質の重厚感ある過剰な装飾、窓辺に立ち並ぶ観葉植物。気まかせに入店したからこそ、目に留まるすべてが愛おしい。

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オーダーしたブレンドコーヒーは、印字が掠れた店名が味の決め手に違いない。こうなるとコーヒーの一杯で帰るのは勿体ない。メニューに目を移し「これぐらいなら腹に収まるだろう」とハムサンドをお願いする。

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さもないハムとキュウリが挟まったサンドイッチ。そうそう、喫茶店のサンドイッチには塩を掛けるのだよ。そうそう容器の穴が詰まって塩が出ないか、もしくは塩が出過ぎるかの二択なんだ。

案の定塩辛くなったハムサンドを頬張り、濃く淹れられたコーヒーを飲む。さらにメニューを眺めていると、5月から9月はコーヒゼリーがあるのだと言う。なんと今日は5月1日じゃないか。

「気がついたら5月じゃない。一昨日焦って準備をしたの。すっかり忘れちゃってた」とママがすこぶる嬉しそうにコーヒーゼリーを持ってきてくれた。

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打算的に行動してはダメだ。美味い以上の出会いは偶然に生まれるべきものなんだ。


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