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21歳大学生、「カルマ」の話。

こんにちは。

突然ですが、皆さん「カルマ」って言葉ご存じですか?

とある宗教上の言葉で様々な起源があるとされていますが、

「善い行動をすれば良い結果が、悪い行動をすれば悪い結果が生じる。これが「業」の基本的な考え方」

https://tokuzoji.or.jp/karma/

だそうです。ちなみに、この「業」を「カルマ」と読むようです。

割と有名な言葉だそうで、検索したらすぐにたくさんの情報が出てきたのですが、私がこれを知ったのはオーストラリアでの留学中でした。
ホストマザーとともにお互いの考え方について話し合っていた時に「自分の行いが自分に返ってくる、その考え方”karma"って呼ぶのよ」って教えられました。

日頃の生活でこれを痛感しています。簡単なところでいうと体調、睡眠不足・栄養不足・体温管理を怠ると体調が悪くなります。当たり前ですね。

逆にいいことも。うれしかったので書きますね。

最近、英語を話す機会が増えました。アルバイト中の接客、旅行、オンライン英会話、その他にも生活で英語を話すことが多いです。いや、意図的に増やしました、と言うべきでしょうかね。その際に" Your English is good!" や" I thought you are not Japanese."(褒めてくれてる)などありがたい言葉をもらえます。というか、まだまだ拙いかもしれない英語を理解してくれるだけで何よりうれしいんですけどね。

他にも今書いているNoteやYouTubeでのポッドキャストなど新しい挑戦に対して友人が「読んでるよ」「聞いてるよ」などと応援の言葉をくれます。応援してもらえることがどれだけ自分の力になって、やりがいになるか、応援の力の偉大さを再度実感しています。ありがとうございます。


応援されてきた人生

振り返ってみると、私の人生は誰かから応援されることが多かったと思います。家族、友人、先生、ことあるごとに私を応援してくれました。
私が大学受験をしたとき、全面的に味方でいてくれて「受かってほしい」だとか「きっと受かる」といった励ましの言葉を私に浴びせ続けてくれました。リーダーを務めた際には組織の動かし方を一緒に考えてくれて、うまくいったときには一緒になって喜んでくれました。高校までやっていた野球ではスタンドからマウンドで腕を振る私を(投手でした)、打席に立つ私を応援してくれました。
でもこの時は今ほど応援をありがたく思えていなかったような気がします。今思えばものすごい応援だったな・・・

否定された気がした人生

高校でいじめにあった話はすでに記載したかと思います。

ここで私はとにかく自分が嫌いになりました。いじめというと身体的にダメージを与えることをイメージしがちだと思いますが、心理的なダメージもすごいんです。周りの全員が敵に見え、少しでもできない自分を一斉にたたきに来るのではないか、そうなってしまったらどうするか、やっぱり目立たないようにするのが得策なのではないか・・・
そうこうしているうちに結局何もしない、何もできない自分が嫌いになると。こんなロジックでしょうか。当時は必死になっていてこんなことは考えていませんでしたが。

あの時、誰が私のことを応援してくれていたのでしょうか。今でもわかりません。加害者からの「お前は塾に行っても何も変わらない」という言葉は私だけでなく家族まですべてを否定されたような気がしました。その後の彼は高卒で工場勤務しているようで。彼にはその塾に行くためのお金を工面するのがいかに難しいかを体感しているはずです。

誰かの応援団であれ

再び話は現在に戻ります。私は誰かに応援されてきたように、誰かを応援できているだろうか、そんなことを考えました。
それはもちろん、応援はしています。いかに挑戦することが大切か、難しいかはわかっているし、そもそも挑戦できるバイタリティは尊敬に値するものです。

問題はそれを声に出しているか、ということです。いいものに「いい」と、応援したい人に「がんばれ」と言える自分でいたかどうかと振り返ってみました。結論、そこまでできていなかったです。

これはいかん、と。自分ばかり褒められて応援されているばかりではないか、と思ったわけです。そんな中、ちょうど韓国旅行に行くことになりました。「そうだ、英語で褒めてみよう」と思ったのです。

海外で生活をした経験のある方は何となくイメージしていただけるかと思いますが、日常生活で褒められることが多くないですか?実際、私もオーストラリア留学中、すれ違いざまに服を褒められたり、髪型(当時は金髪坊主)を褒められたりということがありました。これを韓国でやろうと思ったわけです。
これはのちのち書きますが、日本語を話しているときの自分と英語で話しているときの自分は別人とまではいかなくても別の性格っぽいなと感じています。英語で話すときはもう少し堂々とできている感覚があるし、さらに旅の恥はかき捨てってことでやってみました。

幸い韓国は非常におしゃれでイケてる方が多かったので褒めたい、かっこいいと伝えたいポイントが多々ありました。ショップの店員さんのタトゥー、ファッションを褒め、レストランでのおいしいの一言。すると、相手からも褒めてもらえたり、かなり長いこと会話が続きました。ただの店員と客の関係から一瞬でも友達になれた感覚がして一期一会を実感しました。

カルマは循環する

なんだかカルマから少し逸れてしまいましたが、いいことは連鎖して自分にまた回ってくるし、悪いことも同様にめぐりめぐってやってくるということをお伝えしたかったのです。

日本で生活をしていると、いきなり見ず知らずの人を褒めるなんてことなかなかないかもしれません。ただ、友人に対してそれをすることはできるし、帰国してからはそうした様子をSNSなどで見かけたら応援したり、褒めたりで声をかけるようにしています。

自分も褒めて、応援して、なんてことは言いません。ただ、自分が挑戦しようとして不安な時、このままでいいのか迷ってしまったときに背中を押してもらいたいように誰かの背中を押してあげたいのです。

ご覧いただき、ありがとうございました。挑戦するすべての人を応援しています。

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