英語語源辞典通読ノート A (assert-attend) #hel活

研究社『英語語源辞典』(KDEE)を通読しながら見つけた語源の面白いネタをメモしています。今回はp74からp80まで。


assert

プログラマーには馴染みがある単語。KDEEで立項されている語義は「主張する、断言する」である。この語の原義からの意味変化がおもしろい。
英語 "assert" はラテン語 "asserere"(…に紐づける)の過去分詞形 "assertus" の借入語、あるいは "assertion" からの逆成であるらしい。"asserere" は "as-" 接頭辞と "serere"(つなげる)から成る。"serere" は英語 "series"(シリーズ)の語源でもある。"assertion" の方は古フランス語または後期ラテン語 "assertion" から中英語期に借入されたものとされている。英語での登場は "assertion" のほうが早いということだ。
今の "assert" の意味は、ローマにおける奴隷制度の習慣が由来らしい。奴隷を自由につなげるか、自分につなげるかを宣言するということで、その「宣言」の部分だけが残ったのが現代英語の "assert" らしい。

奴隷の頭に手を置いて、解放するか (asserere in libertatem) 自分の所有とするか (asserere in servitutem)を公的に宣言したローマの習慣に基づくという。

KDEE p74 assert

assets

KDEEの記述にかなり衝撃を受けた。そもそも立項されているのが "assets" なことから違和感を覚えたが、実は "assets" は "asset" の複数形ではない
"assets" の意味は「(職務遂行に)十分な財産、資産」である。語源はアングロフレンチ語 "assets", "asetz" からの借入で、古フランス語 "as(s)ez"(十分な)に対応する。 これは俗ラテン語 "*ad satis" からの発達で、ラテン語 "ad"(変化、強意)と "satis"(十分な)から成る。"satis" は 英語 "satisfy" や "sad" などの語源でもある。つまり、語尾の "s" は語源的に "satis" の名残で、複数形を表すものではない。
語尾のsがない "asset" の使用例は1868年に見られるらしいが、"assets"を複数形だと勘違いして逆成されたものである。KDEEには書かれていないがこれも異分析といえるんじゃなかろうか。

astrology, astronomy

どちらも天体や天文を意味する "astro-" 接頭辞のあとに、学問を意味する "-logy" と "-nomy" がついた語であるが、現存する意味は "astrology" が「占星術」、"astronomy" が「天文学」である。
英語での登場が早いのは "astronomy" で、1200年以前から「天文学」の意味で使われ、「占星学」の意味も併せ持っていたらしい。"astrology" も14世紀後半から天文学と占星術の両方を含んだ語として登場するが、15世紀ごろからは区別されはじめたらしい。
"-logy" と "-nomy" は学問によってどちらの接尾辞がつくかバラバラだと思っていたが、衝突したあと共存するケースもあるのは驚き。"economy" と "ecology" みたいに意味が大きく離れるならわからんでもないが、「天文学」と「占星術」みたいな微妙な差異でこの使い分けはむずかしい。

attach, attaché, attack

KDEEによれば "attach" と "attack" は二重語である

"attach" は中英語 "attache(n)", "attachie(n)" が古フランス語 "atachier"からの借入語である。これは現代フランス語 "attacher" に対応する。"atachier" は "estachier"(固定する)の変形で、"estache"(郵便受け、ドア枠)からの派生である。"estache" は古フランク語 "*stakka" からの借入語とされ、これは英語 "stake¹"(棒、(牛、馬をつなぐ)杭)の語源でもあるらしい。ともかく "attach" は縛り付けられた状態にするのが原義ということらしい。
ところで、ここからわかるように "attach" と "touch" にはまったく語源的な関係はない。触れてる感じが何か関連あってもおかしくないと思ったが気のせいだった。

一方の "attack" は初例が1600年の比較的新しい語で、フランス語 "attaquer" の借入語である。これもイタリア語 "attaccare" からの借入で、古イタリア語 で "at-" 接頭辞と "*(es)taccare" から成る。"*(es)taccare" は "estacca"(くっつける)から派生しており、ゲルマン祖語 "*stakōn" に由来するらしい。この "*stakōn" は英語 "stake¹" の直接の語源となっている。つまり、二重語としては、このゲルマン祖語 "*stakōn" を基点として、古フランク語経由で発達した "attach" と、古イタリア語を挟んで軍事的な意味に転じた "attack" が英語で合流したということだろうか。KDEEではあまり詳しく書かれていない。

ちなみに、「アタッシェケース」の "attaché" はフランス語 "attaché" の借入語で、これは "attach" に対応するフランス語 "attacher" の過去分詞形である。"attaché" は大使や公使の随行員のことを指し、彼らが持っていた書類用のカバンを指して "attaché case" と呼ぶようになったらしい。

attend, attendant, attention

"attend" の最も古い語義は14世紀前半からの「よく見る、熟考する」、「…の世話をする、…にかしずく」である。15世紀に入ってから「…に注意を払う」「…に出席する」という意味で使われるようになったようだ。
中英語 "attende(n)" は古フランス語 "atendre" またはラテン語 "attendere" から借入である。これらはラテン語 "at-" 接頭辞と "tendere"(のばす)から成り、"tendere" は "tend", "extend"などと共通の語根である。原義は意識(心)を対象に向けて伸ばすイメージだろうか。英語 "attention" は ラテン語 "attendere" の過去分詞形 "attentus" から派生した "attentiōn" の借入語で、この原義が色濃く残っているのがわかりやすい。なぜ "attend" が「出席する」意味を持つようになったかという理由は、"attendant" を経由して考えるとよさそうである。

"attendant" は古フランス語 "atendre" の現在進行形 "atendant" の借入語である。最も古い廃語義は "熱心な、行き届いた" という形容詞である。
「出席する」意味の"attend"の初出は 〘?1440〙とされているが、"attendant" は1422年以前から「付添人、従者」という意味で使われているため、こちらのほうが先かもしれない。
ここからは想像だが、主人に同伴して何かに参加することが許された熱心な従者について、「参加」の部分が強調され、独り歩きしたのではないだろうか。

綴りは似ているが意味的に微妙に噛み合っていないと思っていた "attend", "attendant", "attention" が原義でつながっていることがわかって納得した。


今回はここまで。一気に "at-" シリーズを読み切ったので次から "au-" 。Aの終わりが見えてきた。