鶴見緑地

ずっとずっと大好きだよ

第3話 人社会で生きる

私は生後2カ月にも満たない時から人社会で暮らすことになった。これまで一緒に過ごしたお母さんや兄弟たちとも別れたった一人で人と暮らすことになった。犬の言葉が分からないママと人の言葉が分からない私の生活がスタートした。

人と一緒に生活するためには、色々学習しないといけないことがある。でも、そんなに難しくないから大丈夫。人と一緒に生活するのに大事なことは1つだけ、やっていいことがどんなことで、やってはいけないことがどんなことかをしっかり身に着ければいい。それは、ママが少しずつ教えてくれたよ。

ママの独り言は面白い。「ママだって言葉も分からず、習慣や文化の違う外国へたった一人で連れてこられたら、不安でしかたないよ。だから、これからお互い理解し合おうね」と私に向かってブツブツつぶやいていた。私には何のことか分からないけど、ママの顔を見上げていたら、さくら、グッドいい仔だねと褒められた。

ママは一日に何度も何度も私の名前を呼ぶ。「さくら、さくらちゃん」呼ばれるたびに私はママの顔を見あげたり、ママの所へ行ったりする。そのたびに褒められる。私はこうして自分の名前がさくらということを覚え、名前を呼ばれるたびに褒められるということを学習した。

私はまだパピーだった。トイレでないところでしてしまうことが何度もある。そんな時ママは何にも言わずに失敗したところをきれいに掃除していた。トイレで上手に出来ると、いい仔だね、さくらグッドって褒められる。褒められるのが嬉しくて、私はだんだん、決まったところで用が足せるようになった。

離乳食が終わるころ、私の乳歯が生えそろってきた。生後8週間を過ぎたころだった。
乳歯が生えそろい私は、口の中がむず痒くて何でも齧ってみたくなった。ある時は家具やおもちゃ、またある時はママの手。

人社会では齧っていいものと齧ってはいけないものがあるらしい。家具をかじった時は
「ダメ、ノー」と叱られた。ママの手を甘噛みした時なんて「ダメ、ノー」と言いながら私の口に手を押し込んできたよ。苦しくてすぐに止めた。おもちゃをかじっている時は
「さくらいい仔、グッド」と褒められた。家具にはビターアップルという苦いスプレーが掛けられていた。私は家具をかじるととても苦い味がするので、もう齧らなくなった。

ママは褒めるときには必ずさくらと名前を先に呼んでくれる。叱る時には決して名前は言わない。こんなことを日々繰り返しながら、私は、やっていいこと、やってはいけないことの区別がだんだん分かって来た。

3回目のワクチンが終わり、やっと外へお散歩に行けるようになった。初めて歩くアスファルトの感覚、公園の草や土の匂い、車の走る音、知らない犬との出会いに興味津々だった。

嬉しくて、ママより先に歩いてママを引っ張ろうとすると、そのたびに、ママは立ち止まり私がママの所へ戻ってくるのを待っていた。戻ってくるとさくらいい仔、グッドと褒められた。お散歩中もさくらって呼ばれるとママの顔を見る。褒められる。お散歩の度に何度も何度も同じことの繰り返しだ。そうしているうちに私は、ママより先に歩いては行けないこと、ママの横を一緒に歩く事。名前を呼ばれるとお散歩中でもママを見ることを学習した。

公園に着くと、また、さくらと名前を呼ばれる。ママを見る。すると、さくらOKと言われる。OKと言われると、その時からは公園の中を自由に歩いたり、草の匂いを嗅いだりしていい。ママを引っ張っても、ママより先に行ってもいい。
生後5か月を過ぎた。さくら・いい仔・グッド・ノー・OKの5つの言葉を覚えた。


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