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55: お節介禁止令

22時のアロマなコラムAroma Journey
2019年〜2021年まで書き綴っていたコラム(全379記事)使用していたプラットフォームのサービス停止に伴いnoteに移設中です。

<人のお世話絶対禁止令>


人のお世話をしない。
いや、絶対してはいけない。
そういうものが私に発令されている。

実に、興味深い。
それで、3週間くらいかな?
「お世話しません宣言」を親しい人にして、そうやって過ごしていて気付いた。

わたし、お世話してたみたい!

そもそも、人のお世話してるつもりはなかったのだけど、これがお世話だったのか。と気付いた。

むしろそれは、お世話じゃなく、お節介だと。
わーん。ダサい!

私に発令されるべきものは、
<お世話禁止令>ではなく、<お節介絶対禁止令>だなと腹落ちした。

勝手に、自ら進んで、責任や役割を負うとする
「お節介マインド」
これが不要だったんだわかった。

象徴的だったのが、先日の母との会話だった。

母がサロンにやってきて、最近、父がボケ始めていて大変という話を聞いている途中で母が、「お父さん一人くらい看る」と爽やかに言っていて、今後の父の老後に関する母の希望は、自分で看ることなんだとわかった。

母は5人兄弟の一番下で、唯一の女の子で嫁いだから、自分の両親の世話を経済的にも、肉体的にもすることなく二人を見送った。

父の両親は早くに亡くなっていたので見送ることもなかった。父の祖父とは同居をしていたけど介護の必要もなく94歳で亡くなった。そういう背景もあって「お父さん一人くらい。」と。

母がそうするというなら、それ以外の答えはない。
母が満足するようにするだけだ。 

父のボケ開始疑惑から、ずっとこれからどうなるのかな、と漠然とした不安や心配、わたしにはどれくらいの役割が回ってくるだろうかなど、肩にのしっと乗ったなと感じていたものが軽くなった。家族の方向が定まるというのは、こういうことなんだろう。

因果関係はわからないけど、「お世話しません宣言」をしたら、母から「父の世話をする宣言」を聞くことになり、おまけに、しばらく半別居していた兄嫁と姪っ子たちも実家に帰ってくることになったと聞いた。 

義姉もよくできた人で、結婚した時から私の両親の介護はするといい続けてくれていて、それだけでも有り難いのに仕事が看護師さんで頼もしすぎる。実際、父のボケ疑惑は、義姉から聞いた。

父のボケに関するエトセトラについて母の宣言、実家に兄家族再度同居という事態を聞いて、なるほどと思った。

お世話したい人はいるのだ。ということ。

これから、どうなるかしらね。と思ってる私とは違い、すでに決断している人たちがいて、母が両親の介護に関して彼女の兄弟から何も要求も請求もされなかったように、私も最初から実家の問題解決やお世話に関して、そもそも戦力外でスタメンではないのだ。

それは今に始まったことではない。私は生まれてこのかたずっと家族のエトセトラに関して自分だけが知らないことがたくさんある。スタメンじゃないので、一大事じゃないと出番はない。

大体のことは事後報告だし、途中経過を知らないに、急に「どう思う?」と聞かれ意見を言うとそれが採用されるという不思議ポジションにいる。意見を求められた割に、その後どうなったかを報告してこないのも我が家あるあるで、あれどうなったんやろ?と知ることなく、いつも何なり解決していってるようだ。

自分のポジションを客観的に見ると「え?こんなに何もしないポジションにいて良いんですか?」となるのだけど、若い頃のわたしは、ずっと家族として所属している感覚がなく、ただ、少し離れた外野からみんなのことを心配したり、気を揉んだりしている感じがずっとあった。

わたしだけが家業に関わっていないので、少し離れた場所から家族を見て、それ任せてくれたら良いのに。と勝手に求められてもないのに、お節介にできることを探し、スタメンの仕事しようとして、でも、任せてもらえなくて、気を揉んで、お節介の独り相撲して疲れてたんだと思ったら、衝撃的にダサい。

あなたは自由に生きていればいいです。
という家族のスタンスが、わたしには別のものに感じられていたんですよね。

そのダサさに引いて、笑って、格好悪すぎて泣いた。 
それと同時に、自分のポジションは有り難すぎるポジションだと思った。

ありがとうございます。しかない。
だって、このポジションにいたくても居られない人もいるのだから。

母も、私も、家族から優遇される特性を確実に持っていて、母は、母の兄弟や家族から受けた優遇に対する感謝を父に渡そうとしているんじゃないかな。

とてもピュアな形で。

ならば、そんな神聖なエネルギーの循環の邪魔をしちゃいけないと思った。勝手に一人で、気を揉むということも立派なお節介なのだろう。

これまで実家で何かあったら、全部引き受けますから位の男気を出してたけど、それ必要はない。その役割を果たすのはわたしじゃない。と受け入れたら、そこに残ったのは、ただ、ただ心配性な私でした。

小さい女の子がコロンといた。
家族の健康が心配。
もっと家族と一緒に居たいな。
というシンプルな願い。

そして、わたし女の子だったわとも。
家に何か会った時は、全部背負ったる!と言う男気を持っていたのだけど、それわたしの役割ちゃうわ。女の子でいてよかったんだ!と妙に納得して、これまでの頑張りや我慢みたいなものが流れた。

頑張りどころ違いましたねぇ。
思っていた自分とは違いましたねぇ。
いつ、すべてを背負わないといけないと思ったんだろうね。
「ハイ、残念。」と、残念賞を自分にあげた。

残念賞だけどね、ダサいと感じてるわたし、最高だよ。
思い込みや信じ込みが外れる時ってのは、必ずガッカリしたり、あんぐりしたり、絶望したりするもの。

残念賞で最高◎
自分の弱さを補強すること。
これをずっとしてきたのだろうけど、補強を取ったらポンコツすぎる自分。なるほど、これが頑張っていないわたしならば、「もっと甘えたら良いのに〜」とよく言われる言葉の意味するところがわかる気がする。

「もっと甘えたらいいのに。」の超意訳は、「もっとポンコツのままでいたらいいのに。」なのかもしれません。

「どうぞ、お構いなくの精神」で生きてきたのに。それも違うやないか。
もう周囲の人にいうしかない。「適度にかまって。」

そんなこんなで、人生は毎日がコント!ってのは本当だと思います。

<お節介絶対禁止令>
まだまだ、継続中です。 


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リリース (by Young Living)


古いものよ。サヨウナラ。
手を緩めて、解放し、心を開放する。

ヤングリビング社のブレンドオイルには12本の感情系と言われるオイルがあるのだけど、リリースもその1本。


*
愛深く、ピュアに。
あなたが目覚めるアロマテラピー
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