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妊娠発覚の思い出
忘れてしまう前に…
書いているとそういえば…と思い出せるけど、意外と色あせていくのが過去の思い出。
妊娠したかも?と思ったきっかけ
寝る前の出来事だった。
横になり暗い天井の模様がうっすら見え始めた頃、空中からキラキラと光の粒がお腹に降りそそぐのが見えた。
同時に神仏的な神々しい金ピカなものたちが、ドンッと構えているイメージも見えた。
なんこれ…
眠りにつく前の夢うつつから生まれた幻想だ。
とってもスピリチュアル。
ムシムシ寝ましょ。
ただ、もしかして……という引っかかりが意識の中に芽生え、あの時の事も予感かもしれないと思うようになった。
最初の予感
というのもこの数日前に、とあるランドに行った時、描くと著作権や知財やらで訴えられそうな三つの球体からなる意匠の街灯をカメラのファインダー越しに見つめ、なにを思ったのか、
ゆっくりとフォーカスを緩めて三つのボヤけた球体が重なっていく様を、細胞分裂ーー
と、名付けていたのだった。
…でも、まぁ、気のせいでしょ。
さらなる予感と病院の決定
そんな夜の次の日か、翌々日。
仕事帰りの道すがら、保育園の前に見慣れないサイズの本が落ちていた。
数時間前まで降っていた雨のせいで土に汚れ、ヨレヨレになったそれがやけに気になり、一度通り過ぎたにも関わらず、戻ってきて拾ってしまった。
それは産婦人科で妊娠した人に渡される冊子だった。
妊娠初期のお話を読み、発行元の病院の名をスマホで調べる。
めちゃ近い。評判良い。
決めた。
明日妊娠検査薬を買おう。
もし陽性反応が出たらこの病院に行こう。
そして予感通り簡易検査の結果で陽性が出てさっそく病院の予約ができるか調べるのだった。
道標は人生の節目で現れる…かもしれない
人生の大事な局面。分岐点。
後になって思い返すと、「こっちに行くんやでー」「こっち選ぶんやで!」と教えてくれる道標のようなシルシがある。
その道標に気づけば、選択したあとの道中が苦しくても、前進する覚悟を後押ししてくれる。
多分こっちやろなー、と感じつつも選択しようとしている自分に自信がもてないときは、道標に向かって、「もう一声!」とお願いしてみると、さらにもう一声、道標が現れたりする。
そしてそれは気づくか気づかないかだけの違いで、誰にでも起こっていることだと思う。
ジンクスなんて言葉はそこから生まれてきたのかも。
あの時妊娠の予兆を見過ごしていたら…
これは今でも想像するだけで、泣きたくなるほど恐ろしい。
病院に行った時にはまだ赤ちゃんになる前で、心音確認できず、卵黄嚢も見えない状態。
次の次ぐらいの受診時にようやく鼓動を確認でき、母子手帳ももらって嬉しかった数日後、仕事中に出血。
妊娠中、悪いことがなくても出血することがあるらしい。
でも心配で不安で、何もなければそれでいいとその日のうちに病院へ。
早期流産の危機と絶対安静の日々の始まりでした。
安定期入るまでなんて悠長なことは言ってられない。夫に言うより先に上司に伝えて休暇をもらうことに。
もしも話はナンセンスだけど…
もしも私が日常生活の中で感じた兆しを無視していれば、その出血はちょっと遅れてやってきた生理だと思っただろう。
やっぱ妊娠してなかったなぁと普通に仕事して日常を過ごし、新しく芽生えていた命に気づかないまま……目の前にいるこの子に会えていなかったのかもしれない。
そう思うと足元から落ちていくような恐怖心に駆られる。
さいごに
ここまで読んでくれた方、もしいたとしたらありがとうございます。
妊娠判明の話って結構不思議話も多いような気がします。
命の神秘かな。
妊娠だけでなくとも、他の人の人生の岐路に現れた道標のお話も、いつか沢山聞けるといいなと思います。
セイカワ
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