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「旅の鳥・*・第一部」

はじまり/

命には、それぞれに生まれ持った固有の能力が備わっている。

例えば、息を吹けば飛んでしまうような米粒ほどの像を彫り上げる人がいたり、あるいは、たった一人きりで立派な聖堂を建ててしまう人がいたり、中には、流れる雲を見、空気のニオイを感じて先の天気が読める人もいれば、植物の声が聞こえる人、動物と話しが通じるような人もいる。

いかなる能力者も、当人たちにとっては、他の人にはない能力を自分なりに磨き上げている内に、それが大したことではなく、出来るようになってしまうものだ。

それでも、自分の祖父は鳥たちの話を理解することが出来た、と告白したなら、多少奇妙な目で見られるだろう。

鳥たちは、それぞれの想いを込めて、今日も気ままに歌を歌っている。

祖父は、鳥たちからたくさんのことを教えられ、たくさんの話を聞いたという。

中でも一番親しくなったのは、一羽の「ヒガラ」だった。

明るい間はいつも鳴いてばかりいる小さな鳥で、シルバーグレーの毛並みに、黒い蝶ネクタイのような胸模様を持ち、翼は白と黒のストライプで、頭長には紺のトサカ毛を持つ、小洒落た輩だったそうだ。

その鳥は、現れると旅の話を祖父に聞かせたそうだ。

それは本当に鳥から聞いた話だったのか、単なる祖父の作り話だったのか…、どちらにしろ、子供の頃に祖父から聞いたその鳥の話は、私にとって深く心に残るものであった。


第1章 「なつかしい歌」

その鳥はかつて、父鳥と母鳥と、十数羽の兄、姉たちに囲まれて、「緑の谷」と呼ばれる谷合の林で暮らしていた。

彼が生まれ、あくる年の春が終わる頃、母鳥は最後の卵を産み終えて、静かに命を引き取った。

父鳥がその卵を大切に温め、兄姉たちも協力して、無事に孵った雛鳥は、すくすくと成長した。

それは彼にとって、最初で最後の愛すべき妹だった。

そもそも、鳥には生まれてすぐに名前を付けるという習慣がなく、彼にもそれまでは名前が無かったのだが、妹が生まれて末の子ではなくなった彼を、誰かが「ポー」という名で呼び始め、いつの間にかそれが彼の愛称となった。

父鳥は、末の子となった妹を、大切に大切に育てながら、かつて母鳥が好きだった歌を思い出して、よく歌うようになった。

それは短いフレーズで、何度も同じ節が繰り返される歌だった。

まだ幼いポーは、妹と一緒に過ごすことが多く、父の歌を聞きながら母のことをなつかしく思い出していたのだが、ある日、ふと気になって、父にその歌について尋ねてみた。

「ポーよ、この歌は、私が若いころに母さんと出会い、教わった歌で、歌の意味はよくわからないんだ。

でも、母さんが言っていたのは、母さんの母さんから教わった古い歌で、昔々、木々たちがとてもおしゃべりだった頃によく歌われていた、『木の歌』だそうだ。

意味がわかるように歌うと、こうなるよ。」

すると父鳥は、いつもよりもゆっくりと丁寧に、まるで話をするように歌いだした。


― この星は かつて 美しい光にあふれていた

  天も地も それぞれの 美しさを誇っていたのに ―


それはいつもの短いフレーズだった。

「これでおしまいなの?この続きはないの?」

ポーが尋ねると、父鳥は困ってしまい、

「確かに続きがありそうなんだが、わたしにはここまでしかわからない。

そうだなぁ、いっそ、古木にでも聞いてみるが良い。話のわかる古木がいればねえ。」

そう答えて、この話はそれきりになってしまった。


第2章 「街角の大木」

ポーはその話を聞いてから、歌の続きが気になって気になって、仕方がなかった。

でも、父鳥がこれ以上は何も答えてくれそうになかったので、ポーは、古木の話を聞いてみたい、と思うようになった。

そして、群れの中でも一番年上の兄に、『話のわかる古木』について何か知っているか、思い切って聞いてみた。

「お前はおもしろいことを知りたがるなあ、話のわかる古木かい…。

確かに、昔々、木々たちはよく話をしていたものだと聞いたことがあるけれど、今でも話のわかる木がいるかどうか…、そうだ、古木といえば、ここから少し離れたところに街があって、そこにかなり古くから立っている三本の大木があることは知っているよ。

お前は街へ行ったことがあるかい?そこへならば、連れて行こう。」

兄はそういって、ポーを街へと案内してくれた。

その街は、ポーたちの暮らす谷合の林から東に十数キロ離れたところにあり、辺りの雑木林から材木を運び出すトロッコ列車の駅舎を中心に広がる街だった。

ポーにとって、それは初めての長距離飛行で、兄から離れないように一生懸命に飛んだ。

兄の方では、弟のポーをそろそろ鍛えてやろうかと考えていたので、街への案内を快く引き受けたのだった。

二羽は並んで一直線に街へと辿り着いた。

そして駅前のロータリーで、程よい高さの柱のてっぺんに、兄とポーは並んで止まり、羽を休めた。

そこから眺める街の光景は、ポーにとっては新鮮なものばかりだった。

今まで見たことのないたくさんの色で溢れていたし、見たことのないたくさんのものが絶えず動いていて、「あれは何?これは何?」と、ポーは兄にたくさんの質問をした。

そして、ポーの質問にひとしきり答え終えると、兄は言った。

「さて、お前が知りたいと言っていた木のことだが、ほら、あの向こうの角を曲がった辺りにあるはずだ。

すごく大きくて、三本並んで立っているから、近くに行けばすぐわかるだろう。

そして、帰りの方角はわかるかい?
オレはこれから寄りたいところがあるのだが…。」

そう言われて、ポーは急に心細くなったが、しかし、小さくうなずいた。
きっと兄さんは誰かに会いに行きたいんだ、ということがわかったから。

「帰りの方角さえわかれば、後は一直線に飛べばいいのだから、大丈夫だろう。しかし、街では余り低い場所に降りてはいけないよ、いろいろな危険があるからね。

あの大木たちが、お前の望む話を知っているといいのだが、どうかな。」

そう言って、兄さんは美しい弧を描きながら、更に東の方角へと飛んで行った。

独りになったポーは、ドキドキしながらも、兄に教えられた大木を目指して飛んだ。

駅前のロータリーには、この街に特有の強い風が駅舎や隣の高い建物を渦巻くように吹いていて、ポーは懸命に体勢を保ちながら飛び、大通りの角を曲がり、程なく三本の大木を見つけた。

近づくと、それは大きくて立派なタイサンボクで、艶やかな丸い葉をいっぱいに茂らせ、太い枝々は堂々と宙空へ突き出ていた。

ポーは、三本の真ん中に立つ木の枝へ、その幹近くにしがみつくようにして止まった。

風は強かったが、大木たちはどっしりと構えていて、さほど枝を揺らすこともなく、苔むした太い幹は、日差しを浴びながら悠々と辺りを見回しているように感じられた。

「確かに、この木なら話を聞いてくれるかも知れない…。」

ポーには直観的にそう思えたのだが、しかし、木と話をするためにはどうしたら良いのかわからずに、いろいろと考えていると、あの父さんの歌を思い出したので、気持ちを落ち着かせて、苔むす幹の中心へと語りかけるように、あの歌を歌ってみた。

― この星は かつて 美しい光に溢れていた

  天も地も それぞれの 美しさを誇っていたのに ― 

父さんを真似て、何回も繰り返し歌っていると、ポーは何だか不思議な気持ちに包まれた。

そして歌うのを止めた、その時だった。

「ほっほー ほーほっほー

めずらしい めずらしい 

花にも実にも 虫にも興味を持たずに

木の歌を歌う鳥がいるなんて めずらしい めずらしい」

幹の中心から染み出るような、何だかうれしそうな声が聞こえてきた。

これはこの大木の心だと、ポーはすぐにそれがわかったので、思い切って大木の幹へと話しかけてみた。

「あのー、はじめまして。
あなたは、大きな大きな、とても立派な木ですね。

あなたに会いたくて、緑の谷からこの街へやって来ました。
あなたは古くからここにいるので、何でも知っているのでしょう。」

ポーは熱心に話しかけたのだが、木からの返事はなかった。

それでも、ポーには、木がうれしい気持ちでいることが伝わって来たので、根気強く返事を待つことにした、そして、いろいろと話しかけてみた。

「この街は、いつからこんなふうになったのでしょうね。あなたがまだ若いころには、トロッコ列車も駅舎もなかったのでしょうか。

それに、たくさんものが、ああして休みなく動いている。それを見下ろすあなたはどんな思いなのでしょう…。

わたしは、はじめてここに来て、兄さんにいろいろ教わったばかりなんです。それにしても、この街中のものたちは、なんであんなに動いてばかりいるのでしょうね。

こうして見ていると、何だかとても不思議な気持ちです。」

すると、木はやっと返事をしてくれた。

「ほーほっほー なにも不思議なことはないさ 若い小鳥よ

あれらはただ動きたくて動いているだけのことさ

それよりも お前がここにやって来て

あの歌を歌ったことの方が 不思議でならないさ」

それを聞いて、ポーはすかさず木に尋ねた。

「あなたは歌のことを知っているのですね。
あの歌は、昔から歌われていた木の歌なのでしょうか…。

この歌のことが知りたいのです。母さんの思い出の歌なんです、きっと歌には続きがあるはずです。

どうか、歌の続きを教えてください。」

しかし、木の返答は歯切れの悪いものだった。

「そうさ 確かにあれは木の歌だ それもずいぶん昔の歌だ

でも 今となってはよく覚えていないがね

覚えていたとしても もう歌うことを忘れてしまった

みんなそうやって 忘れていってしまうのさ…」

ぼそぼそとつぶやくような木の返事に、ポーは、何だかひどく悲しい気持ちになってしまい、

「どうして昔の歌を覚えていないのです?なぜ歌うことを忘れてしまったのですか?」

まるで責めるような強い口調で、そう言ってしまった。

木は何も答えず、しばし冷たい空気が流れた。

ポーは、熱くなりすぎてしまった自分の言葉を反省しながら、もう一度、木に問いかけてみた。

「あの…、何だか生意気なことを言ってしまって、あなたのご気分を悪くさせたなら、ごめんなさい。

でも、教えてほしいのです、あの歌のことを。そして、なぜ木々たちは歌わなくなってしまったのかを。」

やはり、木からの返事はなかった、それでもポーは待っていた。

近くの建物の脇を抜け、強い風が吹きつける度に、木は黙って風に耐え、緩やかに揺れるその枝で、ポーは黙って太い幹をじっと見つめたまま、返事を待っていた。

しばらくして、待ち続けるポーの根気に負けたのか、木が再び話しかけて来た。

「本当にめずらしいことだ 若い小鳥よ

鳥から話しかけられるなんて この頃ではめったにないことだ

別に怒っているわけじゃない 

むしろ 申し訳なく思っているのさ

歌を忘れてしまったことや 木が歌わなくなってしまったことを

お前に説明することは 難しい

お前は誤解をしているが 何でも知っているわけではないのだよ

それにしても お前はどうしてあの歌の続きが知りたいと思うのかね

あれは元々木の歌だ 鳥たちの歌じゃない

歌の続きを聞いたとしても お前に理解できるかどうか…」

木の返事から優しい響きが伝わって来て、ポーは素直に、思うままに答えた。

「この歌を知っていた母さんは、今はもういません。

だから、どうして母さんがこの歌が好きだったのか、わたしにはわかりません、でも、この歌のことがどうしても気になるのです。

意味はよくわからないかもしれないけれど、歌に続きがあるのなら、どうしても、それが知りたいのです。」

そう言いながら、母さんのことが思い出されて、ポーは泣きたいような気持になってしまい、ぐっとくちばしをつぐんだ。

すると木は、そんなポーの気持ちを察したのか、よし、よし、わかった、というように、ゆっくりと答えてくれた。

「歌の続きなら わからないこともないさ

歌はわたしら木にとって とても大切な祭りの時に歌うものだった

しかし 今となっては 歌のすべてを覚えているわけじゃない

お前の歌った この歌の始まりは それはもう はっきりと覚えているが…

よし 一つ覚えているところまで 久しぶりに歌ってみよう」

そう言うと、木は少し照れくさそうに間をおいてから、幹を震わせる不思議な波長で歌い始めた。


― この星は かつて 美しい光に溢れていた

  天も地も それぞれの 美しさを誇っていたのに

  いつからか 美しい光は どこかに隠れてしまった

  大切なものは ついにどこかに秘めてしまった

  彼らは 遠く離れたところで 静かに輝きながら

  この星を思い 歌いつづける

  いつまでも この星を見つめたまま 歌いつづけている ―


ポーは、木の歌声に感動し、心が震えた。

同じように木も、久々に歌った自分の歌声に感動しているようだった。

そして、少し声を震わせながら語りかけて来た。

「小鳥よ すまないがここまでしか覚えていないさ

それにしても ああ 久しぶりに歌った 本当に久しぶりに歌を歌った

それもこんなになつかしい歌を 大切な歌を…

小鳥よ ありがとう 私の歌を聞いてくれてありがとう」

「こちらこそ、素晴らしい歌を聞かせてくださってありがとうございます。父が歌っていたのと同じ歌とは思えないほど、あなたの歌は素晴らしい響きでした、そして不思議な響きでした。」

「ほーほっほー 小鳥よ

それは良かった それはうれしいことだが

美しい光とは何か… お前もこの歌の意味を 少し考えてみるといいさ

しかしね わたしたち木が歌わなくなってしまったのは きっと

歌を歌おうという心を失くしてしまったからなのだよ

それは歌を聞いてくれるものたちがいなくなってしまったからなのさ

でもまあ まだ少しは覚えていて良かった

わたしらの歌を聞きたいと言ってくれるものがあるなんて

まったく思いもしなかったから 忘れないでいて良かった

それでも 残念ながら歌の最後の部分は忘れてしまった

申し訳ないが あそこまでしか歌えない

小鳥よ これで少しは気が済んだかな…」

ポーはうれしくて、どんなふうにお礼の言葉を伝えれば良いか、と考えていると、

「おやおや 私の大好きな少女がやって来た」

「ほーほっほー うれしいことは重なるものだ!」

「本当だ! うれしいことだ…」

三本の木が急に声色を変えて話し始めたので、辺りを見回すと、通りの向こうから美しい髪の少女が近づいて来るのが見えた。

少女は木の真下で立ち止まると、愛らしい眼差しでじっと木を見上げながら、両手で包むように、太いその幹に触れた。

すると木は言った。

「どうれ もう一度 あの歌を歌わせておくれ

こんなに歌いたい気持ちになったのは 本当に久しぶりのことだ」

すると、他の二本の大木たちも呼応するかのように、木たちは共に声を合わせて歌いだした。


― この星は かつて 美しい光に溢れていた

  天も地も それぞれの 美しさを誇っていたのに

  いつからか 美しい光は どこかに隠れてしまった

  大切なものは ついにどこかに秘めてしまった

  彼らは 遠く離れたところで 静かに輝きながら

  この星を思い 歌いつづける

  いつまでも この星を見つめたまま 歌いつづけている ―


少女はまるで木の歌声が聞こえているかのように、心地良さそうにじっと佇んでいた、そして根元に座り込み、また木を見上げて微笑んだ。

明るい日差しがタイサンボクに降り注ぎ、大きな白い花の香りが風に運ばれ、辺りを包み込んでいた、緑の丸い葉は、どれもが鮮やかに光って見えた。

ポーは、木たちがその少女に夢中になっているのを感じて、そっと枝から飛び立った。


自分が学び続けることで、少し誰かのちからになれたら…。小さな波紋もすーっと静かに広がって行く、そんなイメージを大切にしています。