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僕が玉ねぎをみじん切りにする理由。

我が家の晩ごはんは当番制だ。
僕ともうひとり、どちらかが担当して夕食作りに没頭する。
同居人が作ってくれたごはんには、僕は日頃からありがとうと、おいしい、をなるだけ伝えるようにしているが、僕の料理が同居人から褒められることはあまりない。
日々精進が必要だな、と思っている。

ある日の夕方、僕がハンバーグを作ろうと、玉ねぎをみじん切りにしていたときのことだ。
根の部分を残したまま、繊維に沿って切り込みを入れて、荒くみじん切りにした後、何度も何度も包丁を入れて細かいみじん切りにする。
涙と鼻水でべちゃべちゃになりながら、僕はまな板をとんとん鳴らし続けた。
そして、ふと思い出したのだ。
業務用スーパーで買い求めた、すでにみじん切りにしてある冷凍玉ねぎが、冷凍庫の中で眠っていることを。

同居人が車を出して、業務用スーパーへ行ったときに、必ず買ってくる品だ。
わざわざみじん切りにしなくても、使えるものがあったらしい。
それでも、僕は繰り返し、玉ねぎを細かくすることを止めなかった。
やめられなかった、と言うべきかもしれない。

弁解しておくと、僕は業務用スーパーに恨みがあるわけではない。
手と包丁で玉ねぎを刻むことに誇りがあるわけでもない。
半端な仕事を放り出せないという神経質さだって持ち合わせてはいない。

僕がこのとき思ったのは、既にみじん切りにされた玉ねぎに対し、正当な対価が支払われているのかどうかということだった。

冷凍野菜の大半は、異国の地で収穫した野菜を加工している。
冷凍玉ねぎの原産を先程確認したところ、総人口数トップを誇るアジアの国だった。
この玉ねぎが私達の手元に届くようになるまでに、どのような歴史をたどったか、僕は考えずにはいられなかった。

玉ねぎは、誰かの手によってみじん切りにされなければならない。
そうでなければ、みじん切りが済んだ状態で売りには出せないからだ。
その労働力に対して、僕と同居人が正規の価格を払えているのかが、どうしても気になってたまらなかった。

もしみじん切りは工場で機械がこなしているのだと言われればそれまでだが、マシンを動かすのは人だ。
スイッチを入れなければ稼働しないし、メンテナンスだって定期的に必要になるだろう。
さらに気がかりなのは、農家への支払いだ。
僕たちはせいぜい五〇〇グラムを買うためにたった一〇〇円(税抜)を支払えばいいが、そのためにいくつの玉ねぎが必要だっただろう。

要するに、僕は人件費というものについて、真剣に考えた。
考えた結果、五〇〇グラムが一〇〇円(税抜)というのは、いささか安すぎるという結論にたどり着いた。

繰り返しになるが、僕は業務用スーパーに恨みがあるわけではない。
なので営業している店舗や、店の愛好家の方を貶める意図はない。
価格が安いのは企業努力の成果でもあることだろうから、一概に責めることもできはしない。
だが、これは搾取だ。
そしてそれは、玉ねぎだけに限った話ではない。

飲食店から自宅へデリバリーをしてくれるサービスが都内を中心に各地に広がりつつある。
配達員への給料はわずかだ。
これも搾取である。

大手インターネットショッピングモールでの買い物がとても便利な世の中にしたと思う。
私達が品物を入手できるのは、配達員がいるからだ。
そしてその配達員は、一日十時間に渡る時間指定の荷物を届けるために、不眠不休で働き続けている。
これもまた、搾取である。

ファストファッションの某ブランドは、たしかに安い。
そして布地も縫う技術も安定しているのだから、人気になるのも無理はないと思う。
しかし、商品の原産国を確認する人は、どの程度いるだろう。
アジア諸国で生産することでコストを下げ、結果的に安い価格で提供できるという仕組みもまた、搾取以外の何ものでもない。

「じゃあおまえはウーバー○ーツを使うなよ」

「○mazonに二度と頼るなよ」

「U○IQLOで服買うなよ」

そんな声が聴こえてきそうだ。
言いたい人は好きなだけ言えばいいと思う。

僕達の便利な生活は、名も知らぬ誰かを搾取することで手に入っている可能性がある。
僕はその事実に、つい思い馳せてしまっただけのことである。
だから、誰にどんなサービスを活用するなとは言わない。
だが、ほんの少しだけ、僕たちが忘れがちなことを、このnoteでは伝えたかった。

どんな商品にも、たずさわった人間がいる。
そしてその人間には、家族があり、生活があり、未来がある。
それらは犠牲になってはいけないものだ。

そんな当たり前のことを、その日が訪れるまですっぽりと忘れていた自分を、僕は心から恥じた。
同時に、思うのだ。

今後も、自らの手と、包丁と、まな板を使って、玉ねぎはみじん切りにしていきたい。
僕だけが行う、ほんのささやかな、搾取への抵抗だ。

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