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石川 こおろぎ橋で想うこと

こんにちは。けいしろうと福井に来て3日目、今日は石川県に少し入った山中という場所に来ています。

「こおろぎ橋」というのがこの橋の名前だそうで、ここは松尾芭蕉や魯山人ゆかりの地として有名なんだとか。

こんな場所で突然ながら、高校生のとき合唱部で培われた感性やそのときの記憶が今のわたしの心を少なからず形成しているんだな、なんて想ったのです。

♪「明日へ続く道」

ついさっきまで一緒にいた、けいしろうの友達であるりょうくんは素晴らしいバイオリニストで、彼の作り出す豊かな音楽の世界に浸りながら、「朝聴く音楽」の話になったとき、ふと思い出したのです。

わたしにとって、朝は「闇の苦しみ」から「希望の光」に向かう苦しくも爆発的なプロセスだなと感じているのです。

明日へ続く道は、朝が苦手なわたしが何らかの避けられない用事によって、早朝に家を出るとき、決まって頭に流れる曲でした。

ふと、今日この場所でふいに聴きたくなって聴いてみました。

夜の底から静かに聞こえた夜明けの歌声

1回目に聴いたとき、目の前、わたしに見えている世界とわたしの内面との調和に、鳥肌が立つようでした。

心を奪われてもう1回。

あの日のことがなかったみたいに日々は廻り
私には眩しすぎる日が昇る
折れた枝の桜は咲いて鈴蘭の花真珠のようにゆれているさぁ足を上げよう
翼はないけれど自由な心と夢がある

挫折を味わい、苦しさに飲み込まれそうになりながらも明ける夜と、そこに立ち向かってしなやかな強さを手に入れる過程が描かれていると、この歌を歌うとき教えられました。

今私が私が立っているここから
今私が私が立っているここから
ここからこの一歩のこの一歩のところから
ここからこの一歩のこの一歩の一歩のところから
ここからこの一歩のこの一歩の一歩の一歩のところから
明日へ続く続く
明日へ続く続く続く
明日へ続く道が始まる

歌の始まりにはか細くてなくなりそうだった声が、少しずつ少しずつ力強く変化していく。

朝の眩しさに負けそうになる誰かが、「等身大の自分を受け入れ、まるごと持って生きていく」っていう意志を手に入れて
大きく挫けたドロドロの弱い記憶は、丸ごと前に進むための強さになる。

今私が私が立っているここから

この言葉は、「自分の今を受け入れて、そのまんまで生きていく」意志を表している気がします。

この歌はわたしのライフテーマソングの一曲になるのでしょう。
5か月ほどの短い期間だったけど、合唱部での経験は何か心の奥の方・魂に刻まれているような、そんな感覚を覚えた、8年越しの気づきでした。

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