34歳、本のことしか分からない
本日(6/18)を迎えて、34歳になった。
年齢を重ねれば重ねるほど、自分が何歳かだなんてどうでもよくなるけれど、年1の定期アラームのように誕生日はやってくるので意識はしてしまう。
今の自分は、本屋で働き、YouTuber として本を紹介し、妻と1歳4ヶ月の子どもと暮らし、イノシシやシカが庭に出てくる山奥に住んでいる男だ。
「本に関する仕事をしたい」と思っていただけの男がなぜこうなったのか、僕にだって分からない。
14歳の天才少年は核融合炉を作り、34歳の髭男はコスプレで収録する
34歳の誕生日を迎えたところで僕の生活は変わらない。でも、今日という日にわずかながらでも意味を与えるために、ただの本好きの男の子が辿った道のりを駆け足で振り返ろうと思う。
「本の業界で働く」と決めた大学生は、無職で卒業した
就活ができなかった。
スーツを着るのも億劫だし、リクナビに登録した瞬間送りつけられるメールの嵐に辟易したし、「なんか良さげだと思ったんで」という気持ちに極限まで化粧を施して美辞麗句を並べるエントリーシートに心が折れた。
「100社に受かったところで、入社するのは1社だけだ。ならば力を分散させるのではなく、1社だけに応募しよう。その方が就職できる確率は上がるはずだ」
どうだろうか、この卓越した論理的思考力。もしこんな若者と出会ったら「やめておけ」と諭すだろうけれど、当時の僕はマジのマジだった。
そして、この時に決意した「僕は、本にまつわる仕事で生きていく」を今日まで愚直に守ってきた。
理由は、好きなものの暫定1位が「本」だったから。
そう言うと随分な本好きに思えるだろうけれど、僅差で「インターネット」だって好きだった。他にも心惹かれるものはあったけれど、分散をしないと決めた僕は本だけに絞った。
そして、本のある空間作りを手掛ける会社(といっても数名のプロで構成される精鋭集団だ)に応募した。
応募といっても、その会社がプロデュースした本屋でアルバイトしたり、社長のトークイベントでは必ず最前列に座ったり、チャンスを見ては話しかけて「ここで働かせてください!」と頼み込むアグレッシブな『千と千尋の神隠し』をしていただけだ。
結果は不採用だった。
当たり前だ。プロ集団に熱意だけしか取り柄のない若者は必要ないし、むしろ足を引っ張るだけだ。
背水の陣ロジックは見事に打ち砕かれ、晴れて無職のまま大学を卒業することになった。
同級生が「飯田は、卒業したらどうするの?」と聞いてくる。笑いながらモニョモニョと返すしかなかった。その答えは、僕自身が教えてほしいものだったから。
浴びるように本に触れた修行の3年半
卒業して5ヶ月ほど経ったころ、僕はコンビニで買ってきた履歴書を実家リビングのテーブルに広げ、生年月日や名前を書き始めていた。
「ちゃんと就活しないと、就職できないんだ!」という世界の真理に触れた僕は、遅すぎる就職活動を始めようとしていたのだ。
そんなとき、僕の携帯電話がなった。ディスプレイには、唯一応募したあの会社の社長の名前が表示されている。何かを考える間もなく電話を取ると、次のようなことを伝えられた。
飯田くんは社会人経験もないし、本のプロではない。育てる時間は取れないので落とした。
しかし、人手は必要だったので何人か経験者を面接したが、いい人と出会えなかった
飯田くんは「いいかわるいかも分からない」状態だ。
ついては、もしまだどの会社にも就職していなければ、半年程度おためしで入るのはどうだろうか。半年後、おたがいが納得できれば正式に入社ということで。
神はいた。たまたま神奈川県藤沢市の僕の実家を横切っただけかもしれないが、たしかに携帯のスピーカーからは福音が鳴り響いてた。
結果、僕はその会社で3年半の修行をさせてもらった。何者でもない若造が、本を選書し、空間ディスプレイを行い、時には書評を書き連ねる日々。
本にまつわる様々なことを実践を通じて吸収させてもらえる体験は、ほかのどの場所でも得られなかっただろう。
打ち寄せる大量の本の波をかき分けながら、僕はだんだんと本が分かるようになっていった。
謎の本屋、VALUE BOOKS と出会う
さて、ここまで書いてきて、僕は非常に後悔している。
「思ったよりなげぇな、これ」と気づいてしまったからだ。
デニーズでひとり晩ご飯を済ませ、チャチャっと書き上げるつもりが、あまりに時間がかかるのでドリンクバーを追加注文してしまった。
ということで、スピードアップしよう。
運よく拾ってもらった会社で修行させてもらいながらも、むくむくと「東京以外で働いてみたい」という欲が顔を出し始めていた。
また、「いつかは独立するなり、旅立っていきなさい」と言われていたことも影響していた。正直、実際に旅立った時はまだまだ未熟者で、辛抱が足りなかったと後悔もしている。
だからこそ、早く一人前になりたい。それこそが恩返しになるだろうから。
そして、現在の職場である VALUE BOOKS と出会った。長野県上田市に拠点を構える、インターネットを主軸とした本屋だ。
マジのマジで語り始めると終わらないので、「我が青春の想い出 〜 VALUE BOOKS 編 〜」はいつか書くとして、ともかく僕は東京から長野へとやってきた。
リアル書店である「NABO」で働いたり、バリバリのマーケティングの部署に入ったり、勝手に「編集者」と書いた名刺を作ってよく分からないことをしたり、ここでも様々な経験を重ねた。
そして、何より大きかった経験が彼らとの出会いだろう。
ビジネスをしよう、知的にふざけながら。
僕は、ゆる言語学ラジオと出会った。
言語の面白さを知的にふざけながら配信する、水野さんと堀元さんによる YouTube / Podcast 番組だ。
残念なことに「言語の面白さを知的にふざけながら配信する」彼らの最新回がこちらだ。
長くなるので「我が青春の想い出 〜 言語オタクメガネとうんちく守銭奴 編 〜」はいつか書くとして、いちリスナーであった僕は彼らに声をかけ、VALUE BOOKS として公式にスポンサードすることとなった。
ゆる言語学ラジオは、信じられないくらい本を売る。ひとつの動画で数千冊単位の本を動かす。
彼らの力によって、VALUE BOOKS にもたくさんのお客さんがやってきてくれた。
そのインパクトは強く、気がつけば僕は社内でゆる言語学ラジオに関する仕事ばかりをするようになり、最終的には僕自身が本を紹介する YouTuber として挑戦を始めるまでとなった。
自分の持ち味に気がつくのは、難しい。
「本の業界で働きたい」と思っていたひとりの若者は、リアルな本屋で働いたり、本のある空間を手がけたり、本の編集をしたり、新規顧客獲得のためのマーケティングをしたりしてきた。
そして今、はじめての YouTube 稼業に悪戦苦闘しながらも、「これだな」と強く確信している。
僕の人生をかけるべき場所はこれだ、と。
週2更新に疲労困憊したり、義実家のことを動画でネタにしていることがバレたりと、しんどさもあるけれど充実感には満ちている。
「本にまつわる仕事だけをする」と覚悟を決めた大学生当時、そもそも本にまつわる仕事がどれだけあるかすら分かっていなかった。
働きながらようやっと本の世界が見えてきたと思ったら、YouTube でガンガン本を売るプレイヤーが出てくるのだから、この世界の奥行きには驚かされるばかりだ。
どれだけ年を重ねても、経験を蓄積しても、「本のことが分かった」なんて言える日は来ないだろう。
それでも、本の世界に身を投じて10年以上の月日が経ち、ある種の自虐と矜持をもってこれだけは言えるはずだ。
34歳、本のことしか分からない。
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