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昭和B型チルドレン 第三話

(場面1)
地下室は1階の店舗より二回りほど大きい、打ちっぱなしのコンクリートの空間だ。壁際に8人の子供達が粗末な椅子に並んで座っている。彼らはみな手足をロープで縛られ、口をガムテープで覆われている。各々男達に拷問されたり脳を抉り出されたりしている。

ナレ:少年Aと少女Aは涙と鼻水と尿をダラダラ流してウーウーと呻いている。身体が小刻みに震えている。今から自分に降りかかるであろう苦痛を恐れているようだ。少年Bと少女Bは全身の至るところに釘が刺さっていた。腹、背中、頬、二の腕、手のひら、爪、太もも、股間、臀部、くるぶし、鎖骨、耳、頬、鼻。致命傷となる箇所を避けて奥まで深々と刺さっている。目は無事だ。自分が何をされているか、しっかり見せるためだろう。彼らの目は真っ赤に充血してうつろだった。あまりに叫びすぎて喉が枯れ果てたのか、乾き切った呻き声がダラダラと漏れ出ている。少年Cと少女Cは全身が切り刻まれていた。両手はチーズのように裂け、両脚は灰色の骨が見え、腹からは腸が少し漏れ出て、両目からは白い液体が垂れていた。彼らは脳味噌が丸出しだった。白桃色の脳味噌だ。その脳味噌を2人の男がスプーンで抉り出して、ボウルに入れている。男達が脳味噌にスプーンを突っ込むたびに、子供達は口から気持ち悪い鳴き声を出し、身体をビクンビクンと痙攣させた。少年Dと少女Dは頭が空っぽだった。脳味噌がなかった。

子供達の側に長机がある。そこには複数のボウルが置かれている。2人の男がボウルから白桃色のゼリーみたいな物体をひとつまみして、両手でこねて丸める。丸められた物体が白い皿の上に置かれる。それはグミと同じ形をしている。
アグリはサナエと再会した時のことを思い出す。あの時、サナエが自分に渡した白桃色のグミを頬張り、噛み砕き、飲み込んだ。アグリは強烈な吐き気を覚える。ウツミも顔が青ざめている。

ウツミ:(小声で)ドン引きですね…
アグリ:(小声で)サクラは?

サクラは部屋の真ん中で椅子に腰掛けている。他の子供達と同じく手足を縛られ、口にガムテープを貼られている。涙と鼻水を垂れ流し、失禁もしている。そんな彼女をツトムがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら見つめている。

ナレ:アグリは焦った。このままではサクラがグミにされてしまう。相手はツトムと4人の男だ。ツトムは容易く倒せるだろうが、4人の男はみな喧嘩慣れしてそうだ。ウツミとともに突入すれば、なんとか倒せるかもしれない。しかし、もしも相手が銃を持っていたら?いかにも反社みたいな連中だから、その可能性は否定できない。それに、サクラを人質に取られたら手が出せない。しかし、このまま黙ってサクラの脳味噌が抉り出されるのを見物するわけにもいかない
ウツミ:ナイフ何本持ってます?
アグリ:え?4本だけど
ウツミ:じゃあ2本ください。ナイフを投げて2人ずつ殺しましょ。そしたらあとはツトムさんだけだ
アグリ:殺すのか?
ウツミ:なに躊躇ってるんですか?妹が殺される寸前なんですよ

アグリはナイフ2本をウツミに渡す。アグリとウツミは左右の手にナイフを1本ずつ握らせる。段ボールの山からちょっと身体を出す。ウツミが狙うのは脳をほじくっている2人組。アグリが狙うのは脳をグミにしている2人組。アグリは2人組の喉元に狙いを定める。

ナレ:ナイフ投げには自信があるが、人に向かって投げるのはこれが初めてだ。手汗がいつもより多く出る。失敗したら反撃される。よく狙わなければならない。しかし、慎重に狙っている内に、連中に気づかれるかもしれない。迅速且つ正確な攻撃が求められる。

ウツミが目で合図する。アグリは頷く。2人はナイフを投げる。ウツミが投げたナイフは2本とも男達の額に命中する。男達はそのまま後ろに倒れる。一方、アグリが投げたナイフは、内1本は喉元に突き刺さったが、もう1本は外れ、コンクリートの壁に当たって落ちる。ウツミは走り出し、自分が殺した男からナイフを抜き取り、そのナイフを殺し損ねた男に向けて投げる。ナイフは男の左目に刺さり、男は倒れる。

ツトム:(呆然)え?アグリ?ウツミ?

サクラは突然現れた兄に驚き、悲鳴を出す。他のまだ無事な2人の子供達少年Aと少女Aもサクラと同じような反応をする。ウツミはツトムが困惑している間に、自分が殺したもう1人の男からナイフを抜き取る。それをツトムに向かって投げる。しかし、ナイフはツトムの目の前で宙に浮いたまま停止する。

アグリ達:(呆然)えっ?
ナレ:ナイフが重力に逆らって浮いている。現実では起こり得ない現象が実際に起こっている。アグリは夢でも見ているかのような気分になった。

ツトムは宙に浮いたナイフを右手で取り、左手をウツミに向けて突き出す。次の瞬間、ウツミが吹っ飛ぶ。ウツミの身体はコンクリートの壁に激しく打ちつけられる。ウツミは血反吐を吐いて倒れる。

アグリ:ウッチー!

ウツミは死んでいるのか失神しているのかわからない。サクラと少年A・少女Aは、ツトムの超常的な力を目の当たりにして、一際大きな悲鳴を上げる。身体を激しく揺さぶるが、拘束は外れる様子がない。

ツトム:(鬱陶しそうに)うるさい

ツトムはナイフを放り投げる。ナイフはまるで生きているかのように不規則な動きで宙を舞い、少年A・少女Aの喉を搔っ切る。喉から血がシャワーのように噴き出す。彼らはピクピク痙攣したが、やがて静かになった。サクラは恐れをなして自発的に静かになる。ナイフはツトムの手の中に戻る。

ツトム:(アグリを睨みつけて)どういうつもりだ?部下を殺しやがって
ナレ:まさかツトムが超能力を使えるなんて予想できただろうか?ウツミは倒され、ナイフも手元にない。圧倒的に不利な状況だ。このままツトムと戦うのは愚策である
アグリ:(サクラを指差す)この子はオレの妹だ。解放してくれ
ツトム:え?マジで?そうか、それは悪いことをしたな。すまない(深々と頭を下げる)
アグリ:じゃあ…
ツトム:だが、解放はできねえな。妹ちゃんもお前もウツミも。見ちゃいけないもんを見ちまったからな
アグリ:このことは絶対誰にも話さない
ナレ:話すつもりは本当にない。話したところで、「拉致した子供の脳味噌をグミにしている連中がいる」なんて誰も信じないだろう
ツトム:アグリ君さ、オレの立場を考えてみようか?君がオレなら信用する?
ナレ:答えるまでもない。決まり切っている。絶対に信用しない。何を言っても要求を呑んでくれそうにない。アグリは説得を諦め、ツトムを倒すことにした。しかし、まともに挑んでは返り討ちにされるだろう
アグリ:あっ!

突然アグリはツトムの後ろを指差す。ツトムはつられて後ろを振り向く。すかさずアグリは突進する。ジャンプして、ツトムの延髄に飛び後ろ回し蹴りを喰らわせようとする。しかし、ツトムの超能力によって、アグリの身体が空中で停止する。

ツトム:(顔を前に戻しつつ)ホラ、信用しなくてよかった
ナレ:もうどうしようもない。アグリは自分の死を確信した。しかし、恐怖はしていなかった。すんなり死を受け入れていることに驚いた。「自分が死ぬ」と言うのは人生の最重要イベントだ。それがまるで他人事のように感じられた。アグリは常に他人事だった。自分の意思で何か行動したことはない。有名私立大学に行ったのも親が薦めたからだし、サナエと付き合ったのも彼女が言い寄ってきたからだし、グミ売りの仕事もサナエに紹介されたからだし、サクラにグミを買わないよう注意したのもウツミに「そうしろ」と言われたからだし、妹のサクラを救出しにきたのもウツミに半ば強引に連れられたからだ。何もかも他人任せだ。何もかも成り行きに任せてきた。強いて「自分の意思でやったこと」を挙げるなら、昭和の曲のレコード収集と自衛のためのナイフ収集くらいだ。それと、プレビジョンベースを買ったのも「自分の意思」と言えるだろう。あの無骨にして骨太な音色に惹かれたのだ。あのベースで昭和の名曲の数々を奏でる時間がアグリはとても好きだった。自分が死んだら、あのベースはどうなってしまうのだろう?両親が「息子の形見」として保管してくれるだろうか?それとも無情にも売られてしまうのか?なんだか急に気がかりになってきた。自分や妹の生死よりも、ベースの今後が心配になってきた。とにもかくにも、今までの成り行き任せの行動の結果として、今の窮地に陥っているわけであり、それについて文句を言うつもりはなかった。誰のせいでもなく、自己責任である
ツトム:勘違いしてるようだが、彼女は自分の意思でここに来たんだ。グミをタダでくれてやるって言ったらノコノコついてきちゃってさ。もう中学生なんだ。自己責任だよ自己責任
ナレ:反論する気はない。と言うより、口も超能力で停止させられているのか、言葉を出すことができない
ツトム:さて、どうしようかな?

ツトムはサクラの口に貼りついたガムテープを乱暴に剥がす。

サクラ:助けて!やだ!やめて!ごめんなさい!死にたくない!お願いします!
ツトム:君とお兄ちゃん、どっちを先に殺した方がいい?
サクラ:アイツ!兄貴!ヤダ!死にたくない!
ツトム:ハハハ!ひでえ妹だな!テメエを助けに来てくれたってのによ!
ナレ:確かに酷いと言えば酷いが、アグリは特段怒りを感じなかった。サクラはまだ中学生で精神が幼い。それに、兄と違ってやりたいことがたくさんあるから、死をどうしても受け入れられないのだろう。けれど、死はそんなこともお構いなしにサクラのもとへ訪れた
ツトム:悪い子にはお仕置きだ

ツトムは持っていたナイフでサクラの喉を切り裂く。サクラの喉から鮮血がシャワーのように噴き出す。

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