見出し画像

昭和B型チルドレン 第二話

(場面1)
新宿のレコード店。オオグチとブリジットは呆然とするアグリの前で歌い始める。

愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ
あなただけを 死ぬ程に
愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ
ねてもさめても ただあなただけ
生きているのが つらくなるような長い夜
こんな気持ちは 誰もわかっちゃくれない
愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ
あなただけを 命をかけて

いつからこんなに いつからこんなに
あなたを好きに なったのか
どうしてこんなに どうしてこんなに
あなたのために 苦しむのかしら
もしもあなたが 居なくなったらどうしよう
私一人じゃ とても生きちゃいけない
愛しちゃったのよ 愛しちゃったのよ
あなただけを 命をかけて
命をかけて 命をかけて
(作詞作曲:浜口庫之助、1965年和田弘とマヒナスターズ&田代美代子「愛して愛して愛しちゃったのよ」より引用)

ナレ:ムード歌謡グループ「和田弘とマヒナスターズ」、及び田代美代子のデュエット曲「愛して愛して愛しちゃったのよ」だ。スローテンポでコメディチックな曲調ながら、愛する人への激しい想いを情熱的に歌い上げるラブソングだ
ブリジット:いいよね、この歌。私は好き
アグリ:何の用だよ?
オオグチ:お前はなんで昭和の歌が好きなんだ?今の曲とかは聞かねえのか?
アグリ:別に何が好きかとか人の勝手だろ
オオグチ:オレ達のような平成生まれが昭和の歌を好むのは、回帰願望だとオレは解釈している。昭和の歌には大人が子供時代を懐かしむようなノスタルジックな要素が多分に含まれている。つまり、昭和の歌が好きな奴は無意識に「子供に戻りたい」って願望を抱えているのさ
アグリ:オレに何の用だよ?

オオグチはポケットからグミを取り出し、アグリに見せる。

アグリ:お前、このグミ知ってるだろ?
ナレ:アグリはドキリとした。子供の癖に妙な威圧感がある。なんだか警察に職質されたような気分だ
ブリジット:このグミを売ってるところへ案内してくれる?
ナレ:この少女も少年と同じような威圧感がある。人を平気で殺すマフィアやヤクザに尋問されているような恐怖と緊張感をアグリは覚えた。正直に案内したら、自分はもちろん、ウツミやサナエ達にとってもよくないことが起こる気がした
アグリ:いや、知らないな
ブリジット:ウソだね

ブリジットはアグリの身体を犬のようにクンクン嗅ぎ出す。

ブリジット:君の身体からグミの匂いがプンプンする
ナレ:本当に匂いがしているかはどうかはともかく、自分が嘘を吐いていると少女が確信しているのは確かだ。彼らに嘘は通用しない。このままでは洗いざらい白状してしまいそうだ。アグリはうろたえた。どうすればこの状況から逃げられるのか必死に考えた

アグリはオオグチ達に背を向けて全力で逃げ出す。

ナレ:アグリは全力で走った。レコード店を出て、道行く人々を避けながら、街中を必死に走り抜けた。後ろは決して振り向かない。振り返ったら、彼らがいそうだから。

(場面2)
夕方。歌舞伎町の路地裏。ウツミとともにグミを売っているアグリ。

ナレ:アグリはいつになくビクビクしていた。あの奇妙な2人組がやってこないかと不安を感じていた。
ウツミ:なんか具合が悪そうだけど、どうしました?
アグリ:なあ、オレの身体からグミの匂いがするか?」
ウツミ:はあ?

ウツミは首を傾げつつも、アグリの身体をクンクン嗅ぐ。

ウツミ:いや、匂いなんてしませんよ
ナレ:どうやらアグリの嗅覚は正常に働いているようだ。しかし、不安を拭い去ることができたわけではない。アグリはウツミに情報共有すべきだと考えた。ウツミなら、適切に対処できるはずだ。ウツミでなくても、サナエやツトムに対応してもらってもいい。
アグリ:あのさ…

アグリがウツミに相談しようとした時、脛に傷がありそうな風貌の男達がやってきて、アグリ達を取り囲む。各々が鉄パイプなどの武器を持っている。

ナレ:アグリはそれほど恐怖を感じなかった。この男達は図体が大きいものの、あの小さな2人組と比べると威圧感はなかった。もちろん緊張はしていたが、この状況を何とか突破できると言う自信があった。その自信の根拠はポケットの中にある。ナイフだ。上手くいけば2人くらいは刺すことができるだろう。残りの連中はビビッて逃げるか、ウツミが倒してくれるだろう。
ウツミ:(余裕の表情で)お兄さん達、半グレ?悪いけど、反社には売ってないんですよ
男1:売らなくていいよ。もらうから

男達が一斉に身構えた。ウツミも険しい顔になって身構える。アグリもナイフをポケットから出す準備をする。
その直後、アグリ達の目の前で、サナエが突然出現する。サナエは、目にも止まらぬスピードで男達の金的に拳を入れる。男達の大事な袋が無惨に潰れる音が聞こえる。男達は汚い断末魔を上げて倒れる。唖然とするアグリとウツミ。

サナエ:大丈夫?
アグリ達:(唖然)
アグリ:ん?…ああ、鍛えてるからね私
ナレ:アグリはにわかに信じられなかった。そもそもサナエは運動神経が極めて悪く、ボールすら満足に投げられなかったはずだ。それが今では男達のボールを瞬時に潰すほどの身体能力を得ている
サナエ:(手を差し出す)ホラ、売上回収に来たよ。金出して。あと余ったグミも

アグリ達は売上金とグミをサナエに渡す。サナエは売上金を確認し、その中の一部をアグリ達に渡す。

サナエ:はい、報酬ね。今日もお疲れ様

サナエはアグリ達に背を向けて去る。途中で足を止めてアグリ達の方を振り向く。

サナエ:ああ、そうだ。私、しばらく別のエリアを担当することになったんだ。明日からは別の人が回収に来るからね

サナエはサッサといなくなる。

ナレ:なんとも淡白な別れ方だ。アグリは別段寂しいとは感じなかったが、なんだかモヤッとするものを感じた
ウツミ:そういやオレに何か話そうとしてましたよね?
アグリ:…いや、なんでもない
ナレ:アグリはあの異常な少年少女についてウツミに共有するつもりだった。でも、今はその気がスッカリなくなってしまった。また面倒なことに巻き込まれそうな気がした。これ以上神経を擦り減らすことをしたくなかった

(場面3)
夜。暗雲が空を覆い、月は見えない。アグリとウツミはラーメン店を出て、歌舞伎町をブラブラ歩く。

アグリ:ウッチーって家族とは仲いいのか?
ウツミ:仲がいいとか悪いとかじゃなくて、そもそも関わり合いがないですね。親もオレも全然家に帰らないし。アグリさんは?
アグリ:親とはまあ普通なんだけど、妹がな…
ウツミ:あれ?妹さんじゃないですか?

ウツミが指差す先に、サクラとツトムと大人の男4人がいる。側には黒いハイエースがある。

アグリ:サクラ…とツトムさん?

ツトム達は側に止めてあった黒いハイエースに乗り込む。ハイエースが動き出す。

アグリ:なんかヤバくね?
ウツミ:(手を上げる)タクシー!

タクシーがウツミ達の前に止まる。ウツミはアグリの手を引っ張ってタクシーに乗り込む。

ウツミ:あのハイエース追って!

(場面4)
ハイエースは東京都を抜け、埼玉県川口市に入り、西川口の薄暗い通りで止まる。中からツトムとサクラ達が出て、すぐ側にある雑居ビル1階の空き店舗の中に入る。
アグリとウツミを乗せたタクシーもハイエースの数十メートル後ろで止まる。ウツミは運転手に乗車賃を払うと、アグリとともにタクシーを出る。タクシーは東京へと戻っていく。

ウツミ:警察呼びます?
アグリ:いやまだ犯罪だとはわからないし…
ナレ:あまり大事にしたくないと言う気持ちがアグリにあった。もちろん「妹がトラブルに巻き込まれないようにしなくては」と言う兄としての義務感はあるが、その一方で「トラブルに巻き込まれたくない」と言う面倒臭さも感じていた。血縁とは言え、常日頃から自分に敵対的な態度を取る者に対して、そこまでの労力を費やす義理があるのか?ウツミに強引に連れられてなかったら、そのまま放置していたかもしれない
ウツミ:犯罪の臭いがプンプンしますけどね。とにかく妹さんを連れて帰りましょう

ウツミとアグリは空き店舗に近づき、中をコッソリ覗く。店舗の中は暗い。椅子やら机やら棚やらが散乱している。しかし、人は誰一人いない。中に入って、キョロキョロ見回してみる。トイレや厨房も覗いてみる。ゴキブリはいたが、人間はやはりいない。

ウツミ:地下室かなコレ?

ウツミは床を指差す。そこには蓋のような扉がある。ウツミがゆっくり扉を開けると、地下へと続く階段が現れる。階段の先がうっすらと光っている。アグリ達は音を立てないようゆっくり階段を下りる。

ナレ:一段一段下りるごとに、生暖かくて濁った空気が濃くなってくる。甘ったるい匂いが強くなってくる。グミの匂いだ。あそこに大量のグミがあるのか?グミの保管庫か製造工場でもあるのだろうか?

階段を下りきる。すぐ側に段ボール箱を積み上げた山がある。アグリとウツミはその陰に隠れる。

ナレ:段ボール箱からもグミの匂いがする。どの箱にもグミがたくさん入っているのだろう。このグミは一体何を原材料にしているのか?その答えはアグリ達が段ボールの陰からコッソリ覗いた先にあった

アグリとウツミは目の前の光景に驚愕する。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?