共働きが増えると猛暑日が増える
共働きが増えると猛暑日が増える。「風が吹けば桶屋が儲かる」のような話だが、現代の東京ではこれは2ステップで成り立っている。
1. 猛暑日が増えた一因として、湾岸に都市が集積し、その排熱により海風が遮られたことが挙げられる
2. 湾岸に都市が集積したのは、居住地の選択の幅の小さい共働き夫婦の需要によるものである
湾岸への都市集積は猛暑日を増やす
まず確認したいのは、東京および関東の猛暑は基本的に都市的地域ほど激しいということである。この50年の上昇幅を線形補間の傾きから求めると、熊谷1.4度、東京1.0度、銚子0.8度、奥日光0.6度、三宅島0.4度となる。
都市的地域の気温上昇については、基本的に植物の減少やコンクリートやアスファルトの増加、あるいは都市そのものからの熱の排出によるヒートアイランド現象が原因と考えられている。そういったヒートアイランドの原因の一つとして、都市集積による海風流入の低下が指摘されている。
海風流入の影響はヒートアイランド以前からある話であり、海には対流があるため地面に比べ温度は安定しており、夏の昼間は海のほうが温度が低いことが多く、このため海風の影響下にあるところでは猛暑になりにくい。逆に海風が届かない内陸、盆地では暑さも寒さも激しくなりやすい。2020年8月11日14時のアメダスの数値では、海沿いが31度程度であるのに対して、内陸部で軒並み35度を超える猛暑を記録している。
東京都心においても海風の影響で気温が下がりにくくなることがあることは、2000年ころに高密度の観測システムにより確かめられている[論文]。そしてこの研究が進展するにつれ、都心への再集積や、湾岸地域の開発で出現した高層建築物が、海風が内陸に吹くのを妨げる可能性が指摘されてきた[論文]。これについては当初は単純に風の流れをブロックする効果が論じられてきたが、後の解析では集積した都市自身が生む熱により発生する上昇気流が風の流れを変えてしまっているのが原因であるという[論文]。
東京湾岸の都市が夏場に海からの南風を弱め、首都圏内陸部のヒートアイランド現象を深刻化させる一因になっていることが、気象庁の解析で分かった。
……
風向きによって内陸へ到達する海風の状況が異なる理由として、同庁は海沿いにある都市の過密状況の違いを挙げている。……南寄りの風の通り道となる都心や横浜には、人口や産業が集積……上昇気流が生じている。一方、茨城側からの東寄りの風は、東京湾岸のような過密した都市が途中にないため、上昇気流の影響をほとんど受けず、埼玉や群馬にも到達すると考えられるという。
――湾岸都市、海風弱めヒートアイランドの一因に/神奈川 神奈川新聞 2013年07月14日
関東平野全域で南からの冷気移流が存在しているときには,海風前線日にも強い南風日にも東京都心の風下でくさび型の周囲より高温の地域が存在する。これは,東京都心の存在によって海からの冷気移流が妨げられることが原因であると考えられる
――大和広明; 三上岳彦; 高橋日出男. 夏季日中における首都圏のヒートアイランド現象に海風が与える影響. 地学雑誌, 2011, 120.2: 325-340.
図:都心を頂点としてさいたま市方面に延びる楔型(三角形)の領域が都心によって海風がブロックされて内陸が暑くなっていると思われるパターン。
共働きの増加は湾岸に都市を集積させる
さて、次はなぜ湾岸タワマンが増えたか、ということが問題になる。これについては、まず用地としてはバブル期以降の湾岸地域の工業の衰退に伴い用地が出現した、ということが挙げられる。また、一種の景気対策として再開発が歓迎されていたこともあるだろう。
ただ、そうであっても買う人がいなければ事業は成立しない。では湾岸タワマンを買っているのは誰か。それは、高収入どうしの共働き夫婦、すなわちパワーカップルである[記事]。共働きの場合、子供の送り迎えなどですぐ戻れるよう通勤時間を短くとることを好み[記事][記事]、かつ夫婦ともにそれぞれの職場へのアクセスがしやすいとなると、立地条件が限られる。そういった層への需要にこたえたのが湾岸タワマンである。近年は共働きの夫婦が増加しており[資料]、それに合わせてそういったマンションへの需要が増えていたわけである。
この10年は特に東京の都心回帰の傾向が強く、2018~2019年の人口増加率では東京が+0.7%を超える一方で、神奈川や埼玉は+0.2~+0.25にとどまるなど、郊外より都心の傾向が強い。東京の中でも、市区町村別人口増加率トップ50に入った7市区のうち6つが特別区で、千代田、中央、文京、台東、港、品川と都心回帰の傾向を強く反映している。タワマン事情を見る限り、これも共働き増加の結果なのであろう。
あくまで「昨今の状況に限れば」という話ではあるが……
これで2つのステップが揃った。「この20年の猛暑日の増加は、おそらく湾岸の開発が寄与している」「この20年の湾岸の開発は、共働き夫婦(特にパワーカップル)の増加によるものである」。この2つを組み合わせると、この20年の東京・関東の猛暑日の増加は共働きの拡大が寄与している、というストーリーを描くことができることになる。
ただこれは、共働きをすれば必ず猛暑日が増える、というような話ではない。あくまで特定のシチュエーションが生んだ偶然である。
先ず以てヒートアイランドの進行は単純にコンクリートの増加や排熱の増加などがあるので、我々の生活の利便性を高めようとすればにまず自然に起きてくる現象ではある。
共働きの増加は地方都市でも見られ、むしろ地方都市より東京を含む大都市圏のほうが専業主婦が多い(子育て中の女性の有業率が低い)くらいだが[資料]、地方都市では車移動が中心で鉄道による局在化は起きないので、シビアなヒートアイランドを起こすような開発が行われているわけではない。
その東京(ないし大都市圏)にしても、行政が建築規制をかけていたら?東京一極集中を回避するような政策がとられていたら?等々、共働きの増加が必ずしも猛暑日を産むわけではない。現在コロナ禍で在宅勤務が強力に推進されているが、その結果として状況が変わる可能性もある。
が、ともあれ、現に東京の猛暑日が増えた一員として湾岸再開発が寄与し、湾岸再開発を駆動したのは共働きパワーカップルの需要増である、ということはある程度の言えるところではあるし、建築規制をかけていたら、アメリカの東西海岸で起きているような住宅難を誘発し、共働きのパワーカップルも家探しで苦労したり、ホームレスを増やしたり、別居婚が増えたり、いろいろ別の問題を産んだではあろう。
軽視されてきた共働きの二重拘束問題
共働きは世の中的に推奨に近い扱いをされてきたために、その最大の問題点――夫婦両方を満足させる居住地の選択肢が著しく狭くなる問題は、今まであまり語られてこなかったように思う。これが職場がずっと同じなら計算が立つだけまだマシなほうで、指導的地位に就くようなキャリアアップを望む場合、そもそも「指導的地位」のポストがそうそう空いていないため全国(ないし全世界)を飛び回る必要があり、夫婦ともに都合の良い居住地を選ぶことが非常に難しくなる(あなたが大学教員等のポストにあるなら痛感していることだろう)。
実際、「リーン・イン」を著したシェリル・サンドバーグは夫婦ともに経営者キャリアを歩んだため事実上週末婚のような状態になっていたし、女性経営者や女性政治家の少なからずが《夫に辞めてもらう》という決断を下している(新型コロナ対策で活躍しているニュージーランドのアーダーン首相も夫に仕事を辞めてもらい自分はタフな働き方をすることを選んでいる)。
日本では、会社が転勤を命じる形が多いので会社のせいにされがちだが、指導的キャリアを歩もうとすると世界中どこでも発生する問題であり、今のところこれに関する明快な答えは世界中の誰も出せていない。
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なお、在宅勤務の記事でちょろっと触れたので感づかれた方もいるかもしれないが、筆者はコロナ禍が始まる以前は《女性が指導的地位に就くために》というテーマで執筆活動を行っており、単行本サイズの有料マガジン(400円)を書こうとして書きかけで終わっている。ただ、問題点をひたすら列挙していく読んでつらいスタイルで、しかも書きかけのままなので、筆者としてももの好きな方はどうぞ、という感じである。