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ニューヨーク・タイムズを読めば、弱者のトランプ支持の話もアイデンティティ・ポリティクスの限界論も載ってるよ

前回記事の最後に「アイデンティティ・ポリティクスは限界では」と書いたところ、その部分に出典が付いていない、というようなお話をいただいた。というわけで、そういう論調は米民主党内や支持層からも出てるよということを、代表的左派高級紙であるニューヨーク・タイムズの記事を中心に紹介したいと思う。

「弱者の支持を高めたトランプ」という世論調査

今回の米国大統領選では民主党のバイデンが勝利したが、アメリカの民主党支持メディアを見る限り、民主党側に完全勝利というムードはなく、民主党内の議論を見る限り一定の打撃を受けたという印象すら受ける。民主党支持の高級紙の代表格であるニューヨーク・タイムズを読んだところでは、以下の結果がムードに影響している。

1. 民主党は下院で議席増を見込まれながら、結果として議席減となった
2. 反人種差別を旨としトランプ陣営を差別的と非難し続けたBLMの後でなお、マイノリティの票がトランプに流れ1.の結果を生んだ

1.についてはニュースを読めばわかると思うので、2.のファクトをチェックしておこう。マイノリティがトランプに流れていることは事前の世論調査で分かっておりBBCNYT (Nate Cohnの記事)が報じていたのであるが、蓋を開けてみても、黒人やヒスパニックなどエスニックマイノリティで2012と比して20162020と継続して共和党支持が増えていたことは前回記事で説明したとおりである。別のNYT記事では、黒人女性やLGBTの有権者でトランプが4年間の間に支持を倍増させたことが触れられている(後者は14%→28%なので数字としても大きい)。

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低所得者層についても同様である。4年前にラストベルトをとって当選した際には「トランプは本当に労働者階級の支持を集めたのか?」という議論があったが、それから4年後のこの大統領選でなお低所得者の支持を伸ばし、2回の選挙ではっきりしたトレンドが見られるようになった(ただし、マイノリティ票を伸ばしたことや学歴分離が進んでいることなど共変する要素を調べる必要あり)。

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民主党内の過激派左派批判

これらの出口調査から、トランプは2回の大統領選で着実に弱者からの支持を高めてきたとすら言える。「人種差別者トランプ」という言説が広く共有されてきたにも関わらずマイノリティの支持すら伸ばしたことで、ニューヨーク・タイムズ等でも「弱者からの支持を伸ばしたトランプ」というファクトを受け入れざるを得ず、選挙後に何本も記事を出すことになっている。

例えば「出口投票は白人家父長制の力を指し示す」と題する論説は、冒頭から活動家的なノリを前面に出し、題名と結論で唐突に白人家父長制のパワーがマイノリティに及んだからトランプ支持が増えたのだ云々と言い出す飛躍ぶりからさすがにネタ扱いされていたが、それでも人権活動家の間でこの出口投票の結果が衝撃的であった(stunned)ことは伝わってくる。

また、同紙のop-edは以下のような記事を書いている[誤記があったので修正しました]。

The image of a possible future G.O.P. emerged — a multiracial working-class party. Republicans made surprising gains among Latinos, African-Americans and Muslims. Trump won the largest share of the nonwhite vote of any Republican candidate in 60 years. …
(あり得る未来として、多民族労働者階級政党としての共和党のイメージが浮かび上がった。共和党はラティーノ、アフリカンアメリカン、ムスリムの間で驚くほど票を集めた。トランプは、過去60年間の共和党候補の中で、白人以外の支持率が最高となった。【これらは経済政策等でのの支持に由来する】)
Meanwhile, voters told Democrats that they, too, would benefit if they played up policy and played down cultural concerns of their Portlandia/graduate-schooled/defund-the-police wing.
(有権者の投票行動は、民主党にも現実的政策に注力し、「自治区」「警察解体」学生運動家連中の文化闘争を脇に置けと同時に言っているのである)

We now have two parties whose best version of themselves is as working-class parties. Maybe the next few years can be a partisan competition over who is best for Americans without college degrees.
(今この国の労働者階級には2つの良い投票先がある。おそらく今後数年間は、非大卒のアメリカ人にとって好ましい政党の座を両党で競うことになるのではないだろうか。)

あまりたくさん引用するわけにもいかないのでこの程度にするが、この記事はトランプがマイノリティの支持を伸ばしたのも過激派左派の失態のおこぼれという扱いで、「国境の壁を批判したつもりが、国内に"青い壁"を築いただけなのでは」「次の選挙で勝てば『こちら側』がすべてを得るという妄想とはお別れすべきだ」等と書いており、「アメリカの分断」論説における過激派左派批判の文脈に概ね則ったものになっている。

この記事は過激派左派のことを「Wokeism」と呼び、(Qアノン的な)トランピストと並んで善悪二元論、聖戦思想、魔女裁判的文化(キャンセルカルチャー)を特徴とするカルトだと批判しているので、その態度の分を差し引かねばならないが、それでもこれがNYTに掲載された、民主党支持者の中でもよく見られる意見だということは繰り返し述べておく。

民主党下院における議席減の論争でも、「自治区」騒動(と現地の民主党市長の態度)でキューバ亡命者の警戒を呼び、「警察解体」騒動は黒人を含め支持も得ていなかったとして、それらの騒動に親和的だったオカシオコルテス議員らに対する批判が同党所属議員からされている(この点は別記事でもまとめた通りである)。過激派左派はアイデンティティ・ポリティクスなど文化問題(cultural concerns)を追求してきたが、肝心のマイノリティの支持を失ったではないか、彼らは大統領選の結果に関わらず実質的に選挙に敗北したようなものだ、という理屈である。

「Wokeism」の罪

アイデンティティ・ポリティクスが最高潮に達したのにマイノリティの支持を減らしたことは、私は理解できる。マイノリティのためになっていないものが目立つからである。前回記事でも書いたが、ただでさえ治安が悪い地域に住んでいる人たち――すなわちマイノリティは、警察にもっと適正な扱いを希望しつつも、治安悪化の懸念もあり警察巡回を増やしてほしいという希望のほうが多く(治安が悪い理由はこちら)、機能低下を起こすであろう"解体"(defund)が支持を集めているとは言い難かった。むしろ、「白人活動家が黒人運動にかこつけて、自分たちに都合がよく黒人たちに利のないことを叫んでいる」という見方もニューヨーク・タイムズには掲載されていた。

Phillip Atiba Goff(オバマ政権で警察改革パネルを務めた学者):But there are also a bunch of white people saying, “Let’s defund the police,” because they like the police as an enemy, but then when it comes to investing in black communities, they are silent.
(しかし一方でたくさんの白人たちが「警察解体」と叫んでいるが、これは彼らが警察を敵視したいから言っているに過ぎないし、彼らが黒人コミュニティのために金を落とすかと問うても、黙るばかり[で黒人の生活改善に興味はないよう]だ。)
―― "Police Reform Is Necessary. But How Do We Do It?" The New York Times Magazine

この点は私も同じように思っていて、過激派にとっては警察がないほうが都合がよいのだろうが、それは黒人コミュニティの意見をないがしろにしており、「マイノリティの声に自分たちの声を上書きして弱者の怒りを盗んだ」「黒人に仮託して自分たちの意見をしゃべるというのはいわばブラックフェイスである」「マイノリティ保護の観点から、マイノリティの政治運動をスポイルした彼らを断罪しなければならない」くらいに思っていた。そんなわけもあって、今回の出口投票の結果は「せやろな」程度に思っている。

なお、過激派左派に批判的な論調でも、Black lives matter運動そのものに批判的な論調というのは基本的にない。黒人の側に立つことはもっともだと考えられている。名指しで批判されているのは「自治区」騒動や「警察解体」騒動であり、結局これらWokeism的な活動は「弱者の味方面をしつつ弱者を傷つけている」という点が罪であり批判されるポイントということなのだろう。その意味で言えば、「警察解体」が黒人有権者に支持されていなかったのは夏ごろには報じられていたので、それを知らなかったとしたら、それは黒人運動を支援しているつもりで実は白人活動家しか見ていなかったということの証左となる。


というわけで、ニューヨーク・タイムズにもアイデンティティ・ポリティクスの限界論はしばしば登場したりするし、「アメリカの分断」という認識も是とする論説も相応に掲載されている。左派としてアメリカ政治を語りたいなら、入門編としてまずはニューヨーク・タイムズの記事をまんべんなく読んでアメリカ世論を知っておく、ということくらいはしてもいいのではないだろうか。

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