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糧の灯り

   糧の灯り                             永作未都子 海辺の人が囁き合っている 海の人がそれを聞いている 丘の人は話に入りたそうだ 私は堤防の上から情景を見ている 朝陽に照らされた時間は ひどく鮮明で ぼやけている 私の過去の視界のようでもある 堤防の上を素足でなぞる ざらざらとした感触 足の先をつーっとそわせれば 音がする 音は弦楽器に似ている 未熟な弾き手である私の弦は 覚束ない 足先で弾くことに頬が緩む 音に気づいた人たちがこちら

    • 自由

      咲良がこちらを見ている。私は目を合わせないまま口元をゆるめてしまう。瑠子もそんな私を見ている。 「何を笑っているの」と瑠子に言われて私はやっと二人を交互に見ることが出来る。咲良が自分のクッキーを瑠子と私にあーんしてくる。私はこの幸せは一体どこから来たのかと悩み、その悩みさえもかわいくて、また頬に笑顔をつくらせる。 私たちはそれぞれ、ひとつずつ年が違う。咲良が三人の中で一番年上で、次に私、最後に瑠子となっている。みんな二十代後半だ。 大人になることが下手なのか、上手いのか

      • ラブレター

        先生。 先生。 何度、私はあなたをそう呼んだでしょう。でも本当に呼びたかったのはそんな、誰かが付けた肩書きじゃなかった。私はただ「飯島 司」の中の一文字、「司」を呼びたかっただけなのです。でもそれは叶いませんでした。先生は一度として私にそう呼ばせることを許さなかったから。関係を持ったあとも、二人のときも、先生はいつまでも、私にそう呼ばせてくれなかった。 私とあなたの終わりは呆気なかった。高2ではじまった恋は高3の卒業の春には終わりを告げた。そう、私の卒業前に先生は私とセ

        • 海で生きて、陽を殺す

          SE 波の音    車が行き交う音 梨絵(モノローグ)もう冬に覆われつつある海辺の町で私と蒼は生きていた。宙ぶらりんな十七歳という年を持て余して。 蒼  寒いね。 梨絵  ベッドの上から起き上がれなくなって、ずっと電気見てんの。 蒼  …うん。 梨絵  私、このまま死んでもいいって思う。こんな楽な死に方ないじゃんって。 蒼  梨絵死んだら、さみしいね。でも私、分かるよ。 梨絵  蒼なら分かるよ。だって私以上に今にも死にそうだもん。 蒼  (笑って)何それ。 梨絵  でも、

        糧の灯り

          ラジオドラマ 好きとか嫌いとか①

            SE 喫茶店のBGM      ドアが開き備え付けられているベルが鳴る音 夏南  愛。 愛  待った? 夏南  35分程。 愛  (笑って)5分前には来てたんだ。 夏南(モノローグ)この女はいつもそうだ。遅刻しても息を弾ませることも、反省することもない。 愛  なに飲んでんの? 夏南  ココア。 愛  好きだね。 夏南(モノローグ)愛は今まで付き合ってきた男よりもたぶん、私の好きなものを知っている。 愛  私もココアにしよう。 夏南  愛さ……。

          ラジオドラマ 好きとか嫌いとか①

          海のそばで生きて、陽を殺して

          明け方の海はひどく他人行儀だった。真夏の朝の速度にはついていけないとことごとく思った。私は明佳の肩にもたれかかり、そっとその手にふれた。明佳はこちらを見ることなく、私の手をぎゅっと握り、私を見ないまま、微笑んだ。 海しかないこの町は私にとても冷たい。 17歳。宙ぶらりんな女子高生。いじめられているわけでも、親に虐待を受けているわけでも、恋に破れたわけでも、自然災害に悩まされたわけでもない。それなのに、こんなに生きづらくて、死んでしまいそうなほどに不安で、泣き出しそうに明日

          海のそばで生きて、陽を殺して