悪夢遊病者5話

 絵美斗は、バチバチと弾く雷をまとった両手をとうもろこし畑に向けた。

 久作は雷の眩しさに目を細ませる。

久作(本当に、大丈夫か……。消し飛ばすって……)

 彼が思い出したのはとうもろこしの言葉だった。

久作(あいつは、ずるはさせないって言ってた)

 咄嗟に久作は、絵美斗に向かって叫んだ。

久作「待って、絵美斗君。道、壊したら、あいつが何かするかもしれない。だから、もう少し話し合ってから……」

絵美斗「あっそう。でも、俺は話し合いなんて、意味ないと思うんだよね」

 目を合わせようとせずに言って、絵美斗は雷を放出した。

久作(くそ、話そうって言ったのに)

 その瞬間、久作はその嫌な予感に従って、足を踏み出した。

 彼は絵美斗を庇うように倒れ込んだ瞬間、雷に触れたとうもろこしは、
 ポン!
 という大きな破裂音をたてて、爆発した。

 一つ爆ぜると、その近くのとうもろこしも連動して爆ぜていき、バランスボールくらいの大きさのポップコーンが、一帯にばらまかれた。

 久作は絵美斗を庇うように倒れ込む。「痛ってぇ……」と涙目で歯を食いしばりながら立ち上がる。背中に爆発の傷がついたが、すぐに破けた服とともに修復した。

 立ち上がった久作を見あげて、地に体を震わせた絵美斗は怪訝な目を向けた。

 久作は美少年を見下ろしているのがもどかしくなって、咄嗟に「大丈夫?」と手を差し出した。

 しかし、その手を絵美斗は振り払う。

絵美斗「あんた、余計なことすんなよ!」

久作「……なんとなく嫌な予感がしたから」

 久作は眉を触りながら目を横にして答える。

 絵美斗は冷静さを欠いたのか、どこか焦り気味で言葉を発する。

絵美斗「だったら、逃げればいい。俺のことなんか庇うな!」

久作「でもすごく痛いよ。何回も爆撃喰らったけど」

 困り眉になって応える久作に、絵美斗は憎しみを込めたような目を向けtあが、どこか食い気味で、照れるように頬を紅潮させて言う。

絵美斗「お前に世話やかれるほど、落ちぶれてなんかない!」

 コマの外で、「ほんと、最悪。あんたとなんか一緒にいなければよかった。最悪、最悪」と言う。

 紅らめた頬で必死に罵倒を吐く絵美斗のそれはハタから見れば、ツンデレのようなものであった。

 しかし、久作はその暴言の深意を考えず、真に受けてしまうのだった。

 結果、彼の心で独り言が始まる。

久作(……歳下歳上関係なく、痛いと思って助けたのに、いつまで経ってもこいつは)

 夢の中にいるとき、人は思ったことを口にしてしまう。それは夢遊状態のとき、つまり「夢の国」にいるときも同じである。一人思考の強い久作にとって、これをずっと我慢しようとすることは、かなりのストレスであった。

久作(俺のことよく思ってないのはわかるけどよ、もう、我慢できねえ!)

 人間関係から逃げてきた久作にとって、ツンデレという概念を理解するには、まだ未熟であった。

 結果、彼の絵美斗に対する不満は爆発した。

久作「お、ま、え、こそ、危ないことしてんじゃねえよ! 一回やめろって、言っただろうが!」

 絵美斗は彼の訴えに面を喰らい、初めて動揺する様子を見せた。

久作「話し合って、それから試したってよかっただろ。俺のこと嫌いなのはわかったけどさ、心配してんだから、こっちはさ!」

 絵美斗はようやく我に返って、嫌悪の表情を作りながら口を開いた。

絵美斗「話し合いなんて無駄だだろ。あと心配なんかいらない!」

久作「無駄じゃないよ! あと心配はやめない。未白さんにも言われたんだから!」

 「あ」と久作はフリーズして、言動の一連を恥じて顔を赤らめた。

久作(しまった。この悪態が未白さんに報告された場合、間違いなく嫌われる)

 彼はあちこちを見まわしながら、視界に入るものを次々と確認していった。

 そして、我慢弱さから生じた自業自得の沈黙をなんとかするために、早口に口に出した。

久作「でさ、俺はこんな痛い思いして死ぬ危険があることは、やるべきじゃないと思うの。だからね、」

 そのとき、久作の視界には、絵美斗の雷にうたれ、痺れている一ツ星が映った。

 奇跡的に、彼の頭は解決策を生み出したのだった。

久作「雷って、夢魔を祓わずに麻痺させられるんだよね」

 これなら、迷わずに進める。

 やみくもに迷路を進むよりも、確実に。

② 
 トウモロコシの夢魔視点。

 トウモロコシの夢魔はゴールの門から、にやけた顔を迷路に向けていた。

トウモロコシの夢魔(この迷路の難易度はアメリカにあるのと同じくらい難しい。だが、上から道を探られるのはまずい)

 迷路上空を見上げる。そこには、夢魔祓いの跳躍を許させないように一ツ星が覆っている。

 現在、雷で一ツ星を攻撃しているみたいだが、その穴を埋めるように一ツ星を増やす。

トウモロコシの夢魔(道を壊せばポップコーン爆弾が起動する。さっき、爆発したが……)

 そうして砂時計を確認した。すでに5%、3分しか残された時間はなかった。

トウモロコシの夢魔(勝ったな、あいつらにはとうもろこし畑になってもらおう)

 にやけてそう言うと、飛び跳ねて、上空の一ツ星をどけて、彼らの居場所を把握しようとしたが、この夢魔は目を見張った。

 迷路の道には埃のような一ツ星が転がっていた。

トウモロコシの夢魔「……なんだ、これは」
 
 一ツ星は目をバツにして、電流で痙攣しながら、道に転がっている。それも数体が、迷路の道をモールス信号のように並んでいた。

トウモロコシの夢魔(あいつらの刀なら、一ツ星を祓えるはず。だが、それをしない。こいつらを道に置くことで、なんの意味が……!?)

 数秒経って、ようやく気付く。すでに、二人と一匹がゴール付近に来ていたことを。

トウモロコシの夢魔「……不味い、邪魔しろ! 襲え、襲え!」

 そうして二人の策に気づき、進路妨害のため、一ツ星を放った。

トウモロコシの夢魔(こいつら、迷わないように、一ツ星を目印にしてやがった⁉)

 転がった一ツ星は一度通った道を間違えないよう、効率的にゴールに進むための目印として置かれていたのだった。

 一ツ星は蛇の目刀で払えば塵になってしまう。しかし、絵美斗の雷撃によれば、夢魔を痺れさせたうえで、目印として利用することができるのだった。

 他に目印にできるものはない。無数に出てくる一ツ星は油断しているとうもろこしの視界を自動的に封じている。

 一ツ星を目印として利用するのは、時間内にクリアするには充分な方法であった。


久作「やっぱ気づかれたな」

 上空から雨のように降りかかる一ツ星が口を開けて、降りかかって来る。

獏「思ってたより、ぎりぎりだな」

 ぬいぐるみの獏が久作から距離を置いた場所で呑気な声を出した。

久作「そうだな……だけど、やるしかない」

 久作が視線を向けた先には、手に雷を帯びさせ、襲ってくる一ツ星を見上げた絵美斗がいる。

コーン(あと1分だ。俺の勝ちだ夢魔祓い!)

 もう既に、彼らはゴールの看板が見える位置にいた。

 しかし、あと1分でクリアするには到底不可能な距離であった。

 正攻法で迷路をクリアする場合は……。

 約百平方メートルほどの空を隠していた一ツ星に向けて、絵美斗は両手を翳した。

絵美斗「放電」

 冷たい声が呟かれると、一ツ星は広範囲に広がる白くて淡い雷に当てられ、埃のように絡まって、丸い球体のようになった。

 雷は静電気のような役割を果たし、多数いる一ツ星を、一つの塊にまとめることができたのだった。

 流れるように、絵美斗はその夢魔の集合体を操り、隣にいる久作と獏、そして自身を囲ませた。

トウモロコシの夢魔(なにやってんだ、こいつら。一ツ星を体に纏いやがって……⁉)

 塊の中で、久作が掛け声をかける。

久作「よし、じゃあせーので」

 言って、ゴールの看板が見える方向に向かって、二人と一匹を囲む黒い塊は突っ込んでいった。

 とうもろこし畑を踏みつける度に、ポン、ポン、ポンと次々にとうもろこしが爆発していく。

 しかし、彼らがが纏った夢魔の集合体は爆発の緩衝材となり、中に攻撃を通さなかった。

久作「意見まとまらないなら、合わせればいいんだ。アウフヘーベン(止揚)だこの野郎!」

 久作が叫んだときには、彼らはゴールの門をくぐっていた。

 トウモロコシの夢魔は唖然と、口を開けている。

 そして、次の瞬間、迷路を形成していた巨大なとうもろこし畑は、一瞬にして更地になった。

 トウモロコシの夢魔は勝ち誇っていた顔を蒼くして、ぴょんぴょんとその場から逃げ出そうとした。

絵美斗「雷、イの段、『落雷』!」

 しかし、絵美斗が見過ごすはずがなく、雷を命中させる。

 頭上から降りた雷に、悲鳴を上げながら身を悶えさせる。

 そして、トウモロコシの夢魔の目の前には、久作の姿があった。

トウモロコシの夢魔「待て、待て、俺を殺すのはやめた方がいい。ポップコーン好きだろ。無限に食わさせてやるよ」

 命乞いのように、叫ぶが、その言葉は久作の脳に空想を生み出させた。

 映画館。ポップコーンを分け合うカップル。

 そして、未白と隣の席に座って映画を見る久作。二人の間にはポップコーンが置いてある。

久作「ポップコーン? そんなの、」

 夢魔はその一声に怯えの表情を浮かべた。

久作「未白さんと、食いたいに決まってんだろうが!!!」

 久作の躍起じみた右拳が炸裂し、トウモロコシの夢魔は吹っ飛ばされた。


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