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難解な芸術で感性が目覚める 「京都賞」が見つめる精神的深化 「美とは何か」#4

 科学技術とともに、思想・芸術をたたえる日本発の国際賞「京都賞」。運営する稲盛財団の金澤しのぶ理事長は、難解なパフォーマンスで気づかぬ感性が目覚めたという。そこで得たものは?(THE KYOTO編集長 栗山圭子)

 人類の未来は、科学の発展と人類の精神的深化のバランスがとれて、初めて安定したものになる-。
 崇高な理念を掲げる公益財団法人稲盛財団(京都市下京区)。創設者はカリスマ経営者の稲盛和夫さんだ。1984年に創設され、世界的に評価される同財団の「京都賞」には、先端技術、基礎科学の2部門とともに、思想・芸術部門が設けられ、飛躍する現代美術や音楽、舞台芸術に携わるアーティストらをたたえる。
 父の後を継ぎ、理事長を務める金澤しのぶさんは、精神的深化の「美」とどう向き合っているのだろう。

京都賞の授賞式(2019年11月10日)

難解な業績 イメージできず

・計算と通信の新たな計算理論とそれに基づく安全性の基礎理論への先駆的貢献
・真核生物の遺伝子転写メカニズムの原理解明
・科学技術と社会構造の相互作用に着目し、「近代」の根底的見直しを図る哲学の展開

 財団のホームページに公開されている2021年の第36回京都賞受賞者の業績だ。
 いずれも難解で、具体像を思い浮かべることができない。

 「科学技術も思想・芸術も、素人には分かりようのない世界。特に現代芸術は、難しい。2018年に受賞したジョーン・ジョナスのパフォーマンスは難解で、小一時間の上演を見続けることができるだろうかと思った。でも、実際はその世界に引き込まれ、最後まで見続けた。そんなふうな感性が自分にあったの? という感じ。触れてみないと分からない。それが芸術・文化の魅力でもある。自力で選んでたどりつくことはないが、いろんな手助けがあればおもしろいと思える」

京都賞の記念公演で、ピアノの音色が響く中、パフォーマンスを披露するジョナス氏(2019年12月12日)

ナビゲーターがいれば…

 一見、難解なフランス演劇なども、字幕をつけた映像を添えれば、楽しめる。「芸術はナビゲーターがいると分かりやすいし、知れば知りたくなる。好奇心も大切」

 「好奇心」-。金澤さんがキーワードを発した。

 ジョナス氏も、2019年受賞者のアリアーヌ・ムヌーシュキン氏も、日本の能楽や文楽を好む。ジョナス氏は、外国人原作のケルティック能『鷹姫』をニューヨークで見たといい、ムヌーシュキン氏の作品には、文楽の人形遣いを想起するものがある。

京都賞のメダル

 「こんなところにこんなふうに日本文化が入っているのか、と気づかされ、豊かな文化が身の回りにあることを再認識した。自分が和の文化に興味があったことも手助けになった」

きっかけは茶道

 金澤さんの興味とは-。
 その根っこの部分を尋ねると、きっかけは茶道だという。学生時代に習ってはいたが、心から師と仰げる茶人との出会いがあり、50代で再開。「急に日本人のDNAにスイッチが入った」
 自身を「アート的なセンスがあるとは思っていない」という。しかし、「お茶の世界は理屈が先に立つ。合理的に『取り合わせ』を考える。美しいものだけでもない。背景や逸話、こだわり…。理屈がわかると楽しくて。はまってしまった」。
 歴史的背景や軸に記された禅語、茶会のテーマとなる能楽や古今和歌集などの知識…。「知らないと相づちも打てない。自分で調べると、面白みがより深まる」
 印象派の絵画を好んできたが、軸には物語があり、理屈がある。
 お茶に関わる美術館も集中的に巡り、本も集めた。
 それは「真髄が知りたい」という、好奇心、探究心から。のめりこんだ結果、総合的に日本文化を知るきっかけになった。
 「自分の中で背筋がのびる。海外の客を前にした時も、芯になるものがある」

精神的デトックスの時間

 茶道に没頭する時間は頭を空っぽにできる時間でもあった。
 「お茶は精神的デトックス。ビジネスの考え方にも生きる。ビジネスパーソンには、ぜひ始めてほしい」と勧める。
 財団創設者の父の影響はあるのだろうか。
 「文化に関しては、父の影響は一切ない。文楽なども観る機会があれば面白がるが、父にとってはあくまでも『遊びの時間』。自分の時間はすべて、仕事に全精力を傾けなければならないと考えている。精神科学、哲学への興味はあるが、そもそも遊びたい欲求がないので文化には縁遠い」

稲盛財団サロン

 にもかかわらず、科学の発展と同等に文化の重要性を意識したのはなぜか。金澤さんは、創設者の思いを代弁する。
 「バランスが必要。財団創設前後の1970年代、80年代は科学技術が万能だったが、震災も経験し、科学技術だけでは解決できない問題が山積している。何より、科学や経済、政治だけでは、息が詰まる」

生の舞台 絶対に必要

 コロナ禍で、社会全体のデジタル化が加速した。以前ならチケットが取れない人気のライブや美術館のアートにもオンライン配信で間近に接することができる。ある種の恩恵を享受する。それでも、生の舞台の熱量に心を揺さぶられる。
 2021年2月末、ロームシアター京都(京都市左京区)で久々に文楽の公演を鑑賞した。
 「好きなものなら映像で見られると思っている方だが、喉がかれるような感じで太夫さんが語っているのを観ると、生の舞台が絶対に必要だと思った」
 コロナ禍が深刻化した2020年はいち早く、財団職員の発案で総額3億5千万円の「文化芸術支援プログラム」をスタートさせ、公演のキャンセルなどにより苦境に立つ文化芸術活動を支援した。
 危機的状況の世の中にこそ、文化芸術の灯をともし続ける。

※「THE KYOTO」は、京都新聞社が運営する文化に特化したデジタルメディアです。2022年4月リニューアルスタート、奥深い京都をお伝えします。