ラジオCMで痛恨の読み間違い
呼び屋としてではなく、広告会社の人間としてラジオCMを作ったことがあります。ラジオCMというと4大マスメディアの中ではもっともシェアが小さく、どうしても地味なイメージがありますが、実は非常に奥が深い、まだまだ可能性を秘めた魅力的な広告手段です。
ラジオCMのメニューにはスポットCM、パブリシティ、生電話といったものがあります。順に説明すると、スポットCMは20秒や60秒で録音した音声を流す「普通の」ラジオCM。パブリシティは提供した原稿をもとにアナウンサーやパーソナリティが読み上げてくれるもので、録音したCMとはまた違う説得力があります。生電話はその名の通り広告主の会社や店舗に番組の中で出演者が電話をかけて直接話を聞くという、AM放送が得意な手法です。
クライアントから相談があれば、私はラジオ局の営業氏と連携し、「じゃあ〇〇(番組名)のグルメコーナーの提供でスポットを20本、パブを3ヶ月間で3回入れてもらいましょうか」といったプランを作って提案します。CMは放送する局で作ってもらうことが多いですね。ラジオの営業は熱心な人が多いので、制作費込みのセット料金を提示してくれるのです。
もう数年前になりますが、某パン会社のCMは苦労しました。まず担当者さんが「スポットCMは前に別の番組で放送したのがあるからそれを使って」と言うのです。ここで確認しておいてよかった。
「そのCM、どこで作ったんですか?」
「前に放送した局ですけど」
それは使えません!とくにAM局で作ったCMは局アナが読んでいるので、他局で使えるはずがありません。「何で!?ウチがお金を払ったんですよ」と言われてもダメ。権利まで全部買い取ろうと思ったら、相手の許諾と相応の料金が必要となります。「お金を払った」イコール「うちのもの」ではないことを説明するのは骨が折れますが、これもまた仕事のうちです。
そんなこんなで、クライアントを宥めたりおだてたりしながら、最終的にCMは生放送で原稿を読むパブリシティに決定。関西ローカルの、主婦層に人気の高い男性パーソナリティの冠番組の提供です。
放送当日、私は胸を高鳴らせてラジオのスイッチを入れました。自分の関係した広告が世に出る日のワクワク感は若いころから変わりません。この仕事の醍醐味と言ってもいいでしょう。なのに、ああ、こともあろうに、パーソナリティが原稿を読み間違えてしまったんです。
食パンのCMだったのですが、原稿では、パーソナリティが「関西では6枚切りの厚切り、関東では8枚切りの薄切り食パンが好まれる」という豆知識を披露し、次いで商品の紹介に入る流れでした。これを、関西と関東を逆に言ってしまったのです。ラジオを聞いていたほとんどの人は間違えたことに気付かないでしょう。ですが、原稿を書いた私は頭を抱えました。訂正するのか、そのまま流すのか、聞いているとアシスタントの女性アナが口をはさみました。
「あら、それ関東と関西が逆じゃありません?」
「えっ?そんなことないやろ・・・」
「いえいえ(笑)、もう、原稿をちゃんと見てくださいよ」
「(原稿をめくる音)あ、ほんまや。関西が厚切り、関東が薄切りやった」
「リスナーの皆さーん、食パンは関西が厚切り、関東が薄切りが好まれるんだそうですよ」
「えらいすんません!いや、完全にてれこ(関西弁で「あべこべ」の意味)になってた。そうか、関西は厚切りが好きなんやね」
「もう時間がないですから、早く商品の紹介を・・・」
「そや、〇〇パンの食パンはですね」
「天然酵母を使っている」とか「コクがある」とか「ほんのりした甘さ」とか、いちおう言ってはくれましたが、あわてて原稿をなぞっただけ。もう、どこからどう見ても100%「グダグダ」な生CMとなってしまいました。
放送後、担当の営業氏からすぐに電話がかかってきました。
「ごめんなさい!どうしましょう。明日やり直しますか?」
「とにかくクライアントにお詫びが先です!」
実際にあった話なので詳細は伏せますが、結論だけ言うと、やり直しは不要、とくにお咎めなしとなりました。広告の配信で不手際があると「返金しろ」「番組内で謝罪しろ」などと言われることもあるので肝を冷やしましたが、パン会社の社長は心の広い人でした。「読み間違いされて逆に印象に残ったんちゃうか」と笑い飛ばしてくれました。さすが社長!
後日、営業氏から当日の放送を録音したCDをいただきました。これを納品してこの仕事は終わり。良い出来ならば自分用にコピーを取るのですが、この放送は二度と聞きたくありません。心臓に悪い。
プロのアナウンサーやパーソナリティがCMを読み間違うことなどめったにありません。営業氏自身、今回のような派手な言い間違いは入社以来初めて聞いたそうです。そんな「歴史的」不手際に見舞われるとは、運が悪いとも言えるし、でも、もしかしたら社長が言うように「逆に印象に残った」と思えなくもない。まあ、広告屋がそれを言ったら怒られますけど。
とりあえず、ラジオCMの話をするときの鉄板ネタとして使わせてもらっているので、私にとっては間違いなく得るところのあった体験でした。
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