ご支援くださる皆様へ

公益社団法人 京都観世会会長 片山九郎右衛門

    日頃より京都観世会に何かとご支援賜り誠にありがとうございます。
 またこの度は新型コロナウイルス感染拡大の影響により、日本国中が国難といわれる事態に追い込まれ、当会もおそらく戦後最大にして予想だにしなかった突然の災危に襲われ、苦悶を余儀なくされております。過去の震災のときにも、又戦争の折にも文化の火を消してはならない、こんなときこそ人の心をなぐさめたり、励ましてゆくのが芸能の務めだと敢えて頑張って参りました。しかしこのたびばかりは感染拡大を防ぐ公衆衛生上の配慮から、当館においても、公演の延期や中止が相次ぐ事態となりました。やむを得ぬ事とは言いながら、直前の決定やお知らせとなりました事、深くおわび申し上げます。
 しかしながら世界の人々が皆んなこの苦しみを共有している状況では耐え忍ぶしかないと思っております。そしてそんな中にもかかわらず、ご自身も大変かつ不自由な思いをなさっておられるに違いないのに、度々お客様より励ましのお声を頂戴いたします。誠に有難い事だと一同心より御礼申し上げます。これを励みに再起までの一日一日を精進してゆきたいと存じます。
 能は室町期に京にて今のような舞台芸術の体をなし、世間に認められてからも様々な流行り廃り、数え切れぬ程の戦さ、幾度となき経済不況をしぶとく乗り越えてきました。そして時代を時空を越えていつの世にも通ずる思い、人の心を舞台の上で守り続けてきました。天下泰平、国土安穏、五穀豊穣、家内安全を祈念し、ときに人を愛することのせつなさや哀しさを表わし、それをなぐさめるといった能の舞台の全ては、ある意味、役者もお客様も今ここに生きているということが何より素晴らしいことなんだと実感することにつながるんだと信じております。これは舞台人としての私の覚悟でもあります。
 経済的には能は、あってもなくても困らないものと世間では思われる方も多いでしょう。公演といってもエンターテイメントとしてショービジネスに肩を並べるものではないし、じっくりと腰を据えてもらわないと中々本質に触れていただきにくいでしょう。しかし能には、ふと気づけばそこに本物の魂を感じさせる出会いがあります。三間四方何も飾らぬこの空間に言葉にもならず形もなさないけれど、色も重みも流れも、ときには語りかけも感じて頂く出会いが待っている。こんなものは、後にも先にも能しかないと思います。それは様々な時代と人の間を生き残ってきた能だからこそできる表現なのだと。七百年近く生きてきた能にとっては、このコロナウイルスの災いすらもひと時の事ではないかと。おそらく亡父や今年亡くなった母が生きておりましたら、「そんな時もあるんや」と言うと思います。
 今日一日を、明日一日を、日々一番と思い頑張ってゆきたいと存じます。そして不退転の決意をもって能を次に継いでゆく所存です。

(月刊「能」2020年6月号掲載文より)

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